So-net無料ブログ作成

入管法改正案衆議院突破の愚行 [時事問題]

教育の衰えは将来の国力を確実に低下させますからね、気になることはいろいろあるのですが、昨日の入管法改正案の衆議院通過は、看過できませんね

中身の決まっていないスカスカの法案をロクな審議もせず通過させてしまうのですから、与党の代表、自民の場合はアベ総裁は、まことに怪しからん政治のリーダーです。

だいたい、人手の足りない職種があるというだけの理由で、喫緊の課題だとか言って立法を急いでいるのです。

なぜ人が集まらないかといえば、割りが合わないからですよ。仕事のきつさに報酬が見合わないからですよ。そんな職種を外国人で賄おうとするから、失踪者が多数出るのです。

問題の真の解決策を模索するのではなく、目先の安直な手を考えて法案を提出する内閣は呆れたものですが、アベ内閣ですからね、今さら驚くこともありません。もうとっくに辞めて欲しい内閣なんですから。

この国会審議で驚くのは与党議員の情け無さ、頭の軽さです。これだけ問題の多い法案を、ロクな審議もせず、与党が過半数を握っているからといって、内閣の言うなりに多数決で通過させてしまって良いのですかね?

国会の存在価値が、国会議員の存在価値がまるで無いではありませんか。内閣に、内閣総理大臣に、舐められっぱなしじゃないですか。

行政府に追随するだけですか、与党の国会議員は。それで国民の代表としての役を果たせると思っているのでしょうか。代議士ですよ。総理大臣の乗った内閣神輿を担ぐだけでいいんですか?

内閣を正しく導く気概はないのですか?政治家としての所信とか信念とかいうものはないのですか?ただ良い子にしていて、次のだか次の次の・・・だかの大臣になれればいいのですか?なったところで、所詮任命者に頭が上がらず、その言うとおりのことしかできないのですよ。

まったく情けない、意気地なしなんだなぁと思いましたよ。野党だけが相手ではないんですよ。行政府の手綱をしっかり持つ役割を果たさないと、存在自体に意味がなくなるのですよ!

バカじゃないなら少しは考えた方がいいですよ!

今回の衆議院の強行突破については、そんなことを感じた次第です。


nice!(13)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

入管法の改正で労働力を補う? [時事問題]


いま国会で論戦が行われている入管法改正案、労働力不足を補うのが目的と言われています。

どんな職種で労働力が不足しているかといえば、建設や介護、保育などの作業現場でしょう。これらの職種は処遇が悪いのです。それ故、人が集まらないのです。

正しい対処法は、処遇を良くして必要な労働力を集めることです。それをしないで、その貧弱な処遇に耐え得るかもしれない外国人労働力を投入しようとすることは、日本の職場環境を良くしようという意思がまったく無いことの現れです。

この政策は、日本人の雇用の機会を減らす上、労働環境・処遇の悪さを国外に知らしめ、日本の印象を悪くしてしまうものです。

また法案成立のやり方が、中身が煮詰まっていなくて、説明も不十分で、基礎データも適切なものが提示できない状況での強行裁決です。それを画策しています。

民主主義は多数決ありきではありません。出された質問、疑念には納得のいく説明がなされなければなりません。与党議員もそれに気づかなければなりません。ただ法案を通せばいいというものではありません。

内閣が決めたことを国会での議論を無視してどんどん推し進める政治は、民主主義でも立憲主義でもありません、ルール違反の独裁政治です。

こんな政治、いつまでやってんじゃね〜よ!
ですね!

nice!(15)  コメント(10) 
共通テーマ:日記・雑感

算数とさくらんぼ? [日本考]


「劣化する日本」で教育の劣化が気になっています。

しばらく前から理系離れが囁かれています。学校教育にも原因の一端があるように思います。

教育改革が叫ばれ、高校入試問題などに「新傾向問題」が登場するようになりました。くだくだと状況が説明され、その中で問題が出されてそれに文章で答える、そんな問が目に付くようになりました。文章読解力、文章表現力を重視するようになったということでしょう。

日本人は議論に弱いところがありますから、それを意識しての改革と思われます。
ですから悪いことではありませんが、この傾向が蔓延すると、これでいいのかと思ってしまいます。文章読解力も文章表現力も、社会生活を円滑に進める上で大事な能力ではありますが、これがすべてではありません。

入試問題を作成する側は教育関係の公務員です。公務員に求められる能力はまさにこれでしょう。問題は、社会は公務員を再生産している場ではないということです。

物を考える力は必ずしも言葉とリンクしているものではないということがどんどん置き去りにされているような気がします。

入試問題だけではありません。日々の授業でも言葉が非常に重視されています。

国語は言葉の勉強ですから、言葉を重視するのは当然ですが、言葉を使って表現することにかなり重点が置かれるようになりました。表現力は大事な要素ですが、まずは中身を育てなければなりません。

考える力や感じる力は言葉を駆使する能力よりも先にあり、かつ大きいものです。混沌とした、あるいはもやもやとした中で感じ考えていて、それが適当な言葉に置き換えられて表現されるものです。

言葉の世界が先に脳内に作られ、その世界の中で思考が営まれると仮定することは、脳の働きに言葉の足かせをはめてしまうようなものです。

特に幼少期の脳の働きは、飛躍や空想に満ち、無限で闊達と言えるでしょう。こんな脳の働きを大人の浅知恵で固定してしまってはいけません。日本の将来を小さく萎ませてしまうことにつながります。

例を挙げます。
小学低学年の算数に「さくらんぼ計算」というのがあります。8+5のような繰り上がる計算の答えを求める方法として
「5を2と3にわけ、8と2で10、10と3でこたえは13です。いいですか、やりかたをりかいしましたか」と何度もしつこくやり方を教えます。

引き算もさくらんぼ計算を理解するようくどくどと教え込みます。
例えば 12ー5の場合、
「いちのくらいの2から5はひけないので、12を10と2にわけます。10から5をひいて5、5に2をたして、こたえは7です。このやりかたを《ひく・たすさくせん(作戦)》といいますよ、いいですか、わかりましたか?」

ご丁寧に《ひく・ひく作戦》も何時間もかけて教えてくれます。
同じく12ー5の場合
「いちのくらいの2から5はひけないので、5を2と3にわけます。12からまず2をひいて10、10から3をひいてこたえは7です。いいですか、わかりましたか?」

繰り上がりの足し算も、繰り下がりの引き算も、ドングリでもおはじきでも実際に数えてみればわかることで、なんでそうなるのか、そこに頭を使う必要はないはずなんですが、とにかくやり方を理解することと、それを説明することが重要視され、その力が求められます。

実際の数の取り扱いよりも、やり方とその説明が訓練されます。算数が嫌いになってしまわなければいいのですが、それが気になって仕方がありません。

学問の入り口ですからね、答が違っていなければいいんじゃないでしょうか。
考え方というのは、頭の中で自分で気付くものじゃないでしょうか。他人から教え込まれて覚え込むものではないような気がします。

みなさんはいかがお感じでしょうか?
ご意見ご感想をお待ちします。


nice!(13)  コメント(12) 
共通テーマ:日記・雑感

森林公園も劣化?

先週の話です。

水曜日は県民の日で、バイトは休み、孫の幼稚園も休み。ママはやらなければならない仕事があるとのことで、一日子守を仰せつかりました。そうそう、バアバは紅葉狩りにお出かけ中で、独りで一日子守です。

森林公園に行きました。
県民の日で無料かと思ったら「国営ですから」とちゃんと取られました。シニアですからいくらでもないんですけどね。

ポンポコマウンテンでトランポリンをしたり芝生で縄跳びをしたりしたあと、西口のわんぱく広場に行くというので園内バスに乗ろうと停留場で待っていました。すでに行列ができていました。

やがて木製の2両編成のガタガタバスがやってきました。ところが私たちの前で満員となり乗せてくれません。次のバスは30分後とのこと。
2キロちょっと、歩いて行くことにしました。5歳なのでそのくらいは歩けました。

わんぱく広場で遊んだあと中央口まで戻らなければなりません。今度こそバスに乗らないと大変なことになります。早めに切り上げてバスを待つことにしました。

今度は乗れましたが、始めからほぼ満員です。バス停で待っている人はどうなるのでしょうか?
心配していたら案の定、高齢の方がたくさん待っていました。

満員だから乗れないと告げると皆困っています。それはそうです。だだっ広い公園で、園内の乗り物は他にはないのです。バズに乗れなければタクシーを呼ぶというわけにはいかないのです。

満員だから乗れませんと威張って言える状況ではないのです。さてどうなる?
乗客が声を上げました。
「いいわ、わたし降りるは、ここから歩いて行くわ」
「わたしもそうする」

何人か降りました。
「じゃ、どうぞ、あなたもどうぞ・・・」
結局、全員を無理して詰めて乗せちゃいました。降りた人には乗車賃を返さなきゃいけないと思うのですが、そんな配慮はなさそうでした。

土日や祭日の混む日はこういうことになるのでしょうね。予備の車両を用意しておいて、臨機応変に運用しないと、良いサービスとはとても言えません。とんだ欠陥サービスです。国営なら国営らしくきめ細かく考えたらいかがなものでしょうか。

そう言えば、お花畑がほとんど泥むき出しで、秋の花がちっとも咲いていませんでしたよ。一部の花壇は咲いていたのかもしれませんが。

なんだか、だいぶ質が下がったような気がします。予算が削られたのでしょうか?


もう一つ、翌日の木曜日、久しぶり10年ぶりぐらいでしょうか、車検場に行きました。初度登録が平成11年のオデッセイの車検をまた取ることにしました。

お友達に頼んでユーザー車検でとってもらうのですが、今年はフロントガラスの不要なステッカーを外せという注文が出て、簡単に剥がれないので、お友達が審査途中で帰ってきてしまいました。火曜日のことです。

仕方なく本物のユーザーが出向きました。
事務棟に入ってカウンターで案内を請うと、あっちの建物に入って900円と400円の証紙を買ってこいとのこと。買って戻ると、この書類を持って車検の列に並べと。

車に乗って列に並ぶと、前に7、8台あるのです。進みは極めてゆっくり。剥がしたところを見てもらうだけなので、順番を待つまでもないだろうと、車から降りて前に行って係官に事情を話すと、来て見てくれて、出口のボックスにこれを出してハンコをもらえと。

その書類を持って三度事務棟に行って、ようやく車検証をゲットしました。車検をとって2年乗るのって結構大変ですよね。手間も大変だし、お金もかかるし。重量税が50400円、古くて重いと高いんですね、年間5千キロぐらいしか乗らないのに。

ともかく秋の課題が一つクリアできました。

nice!(14)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

劣化が心配 日本の社会(4) [日本考]


 日本を劣悪化させている要因の第一は、アベ政治に代表される自民党政治です。それからその片棒を担ぐ公明党であり、行政面からこれを支えてしまっている官僚であり、暴走を少しも是正できていない裁判所です。

この中央の劣化の他に、巷に見られる要因として、業者の商売根性を挙げました。この点をまとめておきます。

人が商売を熱心にやることは悪いことではありません。悪いどころか経済の自由競争すなわち個々の利益追求が社会に進歩をもたらすというのが今の社会の基本理念になっています。生きるに必要なことでもあります。

自由主義経済がうまく機能するように調節するのが政治・行政の役割です。そこが劣化してしまっていますから、問題が起こるのも当然ですが、仮に劣化していない政権でも、その調節機能に完璧を求めることは不可能です。営利主義で販路を拡大しようとする側にも自制心が必要です。

商魂のアクセルを踏めばいいというものではありません。限度があります。これ以上追求すると社会を歪める、相手に致命傷を負わせるという一線があります。競争社会にも、人道という自制心が必要です。自由競争が全てを解決してくれるはずがありません。当たり前のことです。

人件費は低く抑えたいのです、どこの企業も。しかし、給与を減らし、福利厚生を下げていけば、従業員の生活は成り立たなくなります。人が集まらなくなります。外国から不足分を調達しますか?

何事も常識の範囲内で収めなければなりません。そういう認識は、経営者も営業マンも持たなければなりません。だれかの損失の上に成り立つばかりで、社会のためになっていないと思われることは自制しなければいけません。法律の範囲内で、詐欺罪や贈収賄罪、独禁法違反などに引っかからなければいいというものではありません。

人々が理性や自制心を失ったら、どんな制度も悪しきものになります。
日本人は夢中になりやすいので、この点が心配です。

そんなことが言いたかったのでした。


nice!(14)  コメント(11) 
共通テーマ:日記・雑感

負荷心電図


最近の健康レポートというか通院レポート、記事にしていませんでした、何かと忙しくて。

私ごとですが・・・

10月中旬、血圧を診てもらっている内科に行きました。心電図と胸のレントゲンをとってもらいました。7月に異常を指摘されたので、再度診てもらいました。

結果は、やはり異常な波形で、狭心症が疑われるとのことでした。そこで専門病院で検査をしてもらうことにしました。胸が痛むなどの自覚症状は殆どないのですが、場所が心臓なだけに、どの程度悪いのか、どんな治療法があるのかなど、気になるものですから。

県立の循環器・呼吸器センターを紹介してもらい、11月6日に初診予約を入れてもらいました。

その前の10月末の金曜日に群大病院の定期診療に行ってきました。例によって採血・採尿検査から始まり、診察があり、いつもの注射を腹部にしてもらい、薬の処方箋を受け取り、会計してお帰りとなります。

血液と尿検査の結果が出てからの診察と思いきや、待った割には、まだ出ないうちで、「大丈夫ですよ、前回もゼロでしたから」との見込み診療でした。私も暢気者ですが、あちら様も暢気なようで・・・

帰りまでには結果が出るのでいつももらって帰ってきていたのですが、診察の時にドクターが出す以外、出さなくなったとのことで、この日の結果は3ヶ月後にもらうことになりました。

また星野富弘さんの写真も二、三枚撮ってきたのですが、まだパソコンを修復していないので載せられません <(_ _)>

そう、もう1週間たちました。先週の火曜日に、バイトを休んで、心臓の検査に行ってきました。120歳まで視野に入れた人生観も現実味を伴わないただの空論として敢えなく撃沈することになるのかな・・・ちょっとばかり気がかりです。

採血、採尿、心電図、胸部レントゲン、一通り検査した後、診察室に呼ばれました。

先生「この波形は狭心症が疑われます。狭心症の場合は激しく動いた後に徴候が表れるので、これから負荷心電図というのをとってきてもらいます。階段昇降をして心臓に負荷をかけて心電図をとります」

「階段昇降ですか、私は階段は結構強いので少しぐらいでは負荷がかからないかも知れません」やるならちゃんと負荷のかかった状態を調べてもらおうと思って、お伝えしました。

「そうですか、じゃ強いのでやりましょう」

負荷心電図をとる部屋に行くと、二段の昇降台が置いてあり、
「1、2の二歩で階段を昇り、3、4の二歩で反対側に降り、5で向こう側で向きを変え、また1、2で昇り3、4で降り、5で向きを変えます。12345、この一定のテンポで私が合図するまで昇降を繰り返してください」

電極を胸にいくつも着けて、この昇降をしばらく繰り返しました。うっすら汗ばんできました。終わってベットに横になった時には心臓がドキドキ、強く速く打っていました。確かに負荷がかかったことを実感しました。

後で聞いたら、1分半、3分、4分半の3つのコースの内、最強の4分半コースだったそうです

再び先生の診察です。
「どうでしたか、気分は悪くならなかったですか?」
「体が熱くなって心臓もドキドキ打ってましたけど、気分は悪くありません」

「心電図の方も脈の乱れは見られませんね。狭心症ではないようです。高血圧を放置するとこういう波形になることがあるようですから、血圧のコントロールに気を付けてください」
とのことで、さらなる精密検査の必要もなく、無罪放免となりました。

人の寿命は120年、まだ後半戦の10歳、この感覚はすぐに改める必要はないとの検査結果でした。

でも、はしゃいで酷使するとロクなことはありません。少しおかしいには違いありませんから、無理は避けて適当な負荷をかけて長く動いてもらうようにするつもりです。

以上、私ごとに終始しました m(_ _)m


nice!(13)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

劣化が心配 日本の社会(3) [日本考]

業者の商売根性が国を歪めている話の続きです。

教科書や教材会社が学校教育を歪めている例を書きました。こんな例は他にも多々ありますよね。例えば太陽光発電です。

エネルギーの多様化、再生エネルギーの利用は大事なことですから、太陽光発電も大いに拡充すべきです。

しかし国は力を入れてきませんでした。再生エネルギーの利用は小規模で爪で拾い集めるようなところがあります。そのため特定事業者を通じて国が独占管理しにくかったからだと思います。

しかし原発事故以来、発電方式の多様化が叫ばれ、太陽光発電を促進するようになりました。

促進の仕方は、設備を設置することの利益を売電価格の高額固定化によって補償することでした。制度の始まった平成26年度は1キロワット当たり37円でした。買電価格が25円程度ですから、電力会社にしてみれば12円も逆ザヤが発生します。

この逆ザヤ分に対しては「再生可能エネルギー促進賦課金」という名目で電力利用者全員が利用量に応じて負担する仕組みも併せて導入されました。

しかし、こんな経済原則に反した不自然な制度が永く続くはずはありませんから、この補償価格は毎年引き下げられ現在は25〜26円で、買い値と殆ど同じです。

ですが、設置した時の売値は10年間保証されますから、早く設置するほど有利な制度で、促進効果はあったわけです。

儲かる仕組みを作るとすぐ動き出すのがこの世の大人の反応で、あちこちにソーラーパネルを見かけるようになりました。

しかし利益誘導ですから、不都合な事態も必ず発生します。何が不都合か?先日九州電力が太陽光発電の出力制御を発表しました。

10月13日の gonntan さんの記事に依りますと
【 九州電力は12日、電力のつくり過ぎによる需給バランスの崩れを防ぎ、安定供給を維持するため、13日に一部の太陽光事業者に一時的な発電停止を指示する出力制御を実施すると発表した。 】大分合同新聞1面から

 それに対して関連事業者からは【発電が制限されることに伴う収入減少への不安や、今後も制御が頻繁に発動される可能性を懸念する声が上がった。】とのことです。

太陽光による発電量が増えることは善いことなのに、電力会社にしてみれば仕入れコストが高過ぎるのです。一度事故が起きれば大変な損害が発生する原子力発電ですが、起きさえしなければ、こちらの方が遥かに儲かるのです。CO2の発生を伴う火力発電も低コストなのです。

九電の利益追求と太陽光発電業者の利益追求がぶつかり合いました。本来の環境対策は、再生エネルギー利用拡大の目標は、どこに行ってしまったのか?

利益追求によるソーラーパネルの設置自体も弊害が出ています。農地や里山を切り開いて更地にして、パネルを敷き詰めて発電して、これが本来の目的に叶うのかどうか?事業者が儲かれば良いってものではありません。

二酸化炭素は吸収されず、酸素は排出されず、森林の生態系は崩れ、癒し効果も失われます。大いなる社会の損失です。

太陽光を電力に変えれば善いのは、建物の屋上や壁面とか、砂漠の一部とか、太陽光が利用されていない場所に限られます。

目的が解っていればそんなことはすぐに気がつくことですが、利益に目が眩んでただ金の使い道を考えていると、儲かりそうなことは何でもやってしまうのです。

話変わって、介護事業もそうです。保険制度ができ、ビジネスとして成り立つようになりました。これによる社会のメリットは大きいのですが、保険制度から金を引き出そうとする業者の商売根性が、介護という、本来、人に優しい行為・活動に、行き過ぎやけたたましさをもたらしている面があるように思います。

政治の堕落が最大の懸案事項ですが、巷にも、劣化の原因が潜在しているようです。

今日はこんなところで失礼します。


nice!(15)  コメント(10) 
共通テーマ:日記・雑感

劣化が心配 日本の社会(2) [日本考]


 日本を劣悪化させている要因と言えば、アベ政治に代表される自民党政治が真っ先に頭に浮かびます。

日本の中枢の劣化が、日本全体を悪くしていることは間違いありません。と下の記事で書きました。
https://mo-mo-taro.blog.so-net.ne.jp/2018-10-27

この記事の続きです。

 アベ独裁のミニチュア版が、いくつかのスポーツの世界で発覚しました。パワーハラスメントです。トップの劣化はこのように転移もします。

 でもこれとは別に、劣悪化の要因が社会に潜在していることも確かです。政治や行政の本来の役割は、それらを是正することにあると思うのですが、この機能が極めて弱くなっているために、あちこちに顕在化してしまっているように思います。

さて、何が言いたいのか?
民間業者の商売根性が社会を歪めている面が多々あるのではないか、そのことを意識しなければならないのではないかと最近思っています。

 例を挙げますと、最近、小学生のランドセルが重すぎるのではないかということが話題になっています。家に持ち帰る必要のないものは、学校に置いていけば良いのではないかとの方向の議論が一般的です。

子どもが背負う重さの問題はそれで解決しそうですが、それ以前に、そもそも学用品が多過ぎるのではないかという問題があるように思います。学童をお持ちの方は既にお感じでしょうが、教具がメッチャ多いのです。

例えば一年生の算数に限っても、2センチ角ぐらいのブロックが20個程度入ったケース、数字カード・足し算カード・引き算カードが詰まったカードケース、おはじき様のプラスチックがたくさん入ったケース、時計学習用の時計の模型、等々、一個一個記名する保護者の負担も大変ですが、これを自宅に持って行ったり机に置いてきたり、管理する児童も大変です。

このような小道具は授業に欠かせない物なのでしょうか?
学校が用意させている道具ですから授業で使います。児童も大変です。道具を机の上に出せば、気になるでしょう、触ってみたくなるでしょう。「手悪さをするのではありません」すかさず注意が飛ぶでしょう。

児童はケースの中のどれをいくつ出して使うのか、マゴマゴするでしょう。指示に従って道具を取り出して言われたとおりに並べるのが精一杯になってしまうでしょう。さてなんの勉強だったのか・・・?

紙と鉛筆と、入り用な時だけおはじきとか豆粒とかを家から持って来れば、それで算数の勉強は始めらるのではないでしょうか?

この小道具の「充実」は教室現場の要請から始まったのでしょうか?
どうもそうではないような気がします。
教科書会社がこうした教材を組み込んだ教科書を作り、それを教育委員会が採用し、教育現場がマニュアルどおり使っているのではないでしょうか。

 となると、教科書は無償化されましたが、他の学用品は有償ですので、保護者の経済的負担は少なくないはずです。
ネットで調べてみると、次の例に行き当たりました。

「 【入学準備で買った物と費用】

・赤白帽子(約600円)

・指定上履き(約2,000円)

・防災頭巾・防災頭巾カバー(約3,000円)

・文房具(筆箱・鉛筆・色鉛筆など)(合計約5,000円)

・ランドセル(約40,000円)

・手提げバッグ・給食用ランチョンマットと袋・体操着袋・上履き袋(合計約3,000円)

・指定体操服(約5,000円)

合計 約58,600円


《公立小学校で1年間にかかる費用の例》

【学校教育費】計59,228円

・授業料 0円

・修学旅行・遠足・見学費  6,748円

・学校納付金など(学級費、PTA会費など) 8,259円

・図書・学用品・実習材料費など 19,484円

・教科外活動費 2,544円

・通学関係費 18,100円

・その他 4,093円

【学校給食費】43,176円

計102,404円

※参考:『子供の学習費調査(平成26年度)』(文部科学省)

※自治体や学校によって実際の費用は異なります。

内訳を見ると、給食費や図書・学用品・実習材料の費用がけっこうかかるのですね。」(ここまでが引用です)

 ほら、やっぱり、教科書と授業料は只でも、全体としては、かなりかかるようになっています。

 業者の売り上げ増を狙う欲が、学用品を次から次へと増やし、親の経済的負担と子どものカバンを重くし、教育の中身まで歪めている実態が見えてきました!

 電子機器の幼児教育への導入も進められているようです。
 小さい子の教育は素朴がいいのではないでしょうか。絵本や紙芝居、どんぐりやおはじき、紙とクレヨンやクーピーがあれば十分ではないでしょうか。電子画面の操作など、幼児期にやる必要はないでしょう。

 必要性を教育の立場から純粋に考えるのではなく、業者の売らんかなの姿勢が文部官僚の頭を洗脳してしまっているように思えるのです。
官僚も金のかかることを提案すれば予算を獲得でき、大型予算は景気浮揚に繋がるという思考回路でしょうから、水魚の交わりなのかも知れません。(財政再建など夢のまた夢)

 今日は、たいへん大事な幼少期の教育を業者の商売根性(と役人の怠慢)が歪めているのではないかという由々しきお話でした。

nice!(14)  コメント(20) 
共通テーマ:日記・雑感

ヒロさん公演に寄せたスタッフの思い [日本考]

前の記事の後半書き込み中にパソコンが不具合を起こしました。その後再起動しても「ユーザーのプロフィールが読み取れません」とのことで、パスワードを入れても開かなくなりました。時間がないのでやむなく放置してあります。しばらくブログはスマホから更新します。文字ばかりになります、味気ないことで申し訳ありません。

さて、先日のヒロさんの公演会、プログラムの最終ページを最後に載せるつもりでしたがそれができていませんでした。

プログラムはこの実行委員会から発する最後のメッセージとなりますので、スタッフの思いをそこに凝縮したいものです・・・で、できたのは次のもの。スマホに親指で打ち込みました。


松元ヒロ公演実行委員会スタッフの思い(プログラム最終ページより)

私たちは一年以上前に、古着回収の収益金がきっかけで本日の企画をスタートさせました。そして「ヒロの会ニュース」を発行することにより、この催しのお知らせをし、併せて憲法や平和の大切さを、微力ながら訴えて参りました。

そして本日、「憲法くん」の松元ヒロさんとお集まりの皆さまとの出会いを実現することができました。これまで多くの方々や団体の皆さまにご協力をいただきましたことを、心よりお礼申し上げます。

本企画による公演は一度きりですが、ヒロさんを中心に一堂に会した今日の出会いが、これからも末永く私たちの心に残り、強いきずなとなって、日本の歩みを少しでも良い方向に導くことにつながればと、スタッフ一同、願っております。

思えば73年前、熊谷は終戦前夜から当日にかけて空襲を受け、火の海と化しました。広島・長崎は人類史上初めて原子爆弾を投下されました。沖縄では地上戦が行われ、住民の四分の一もの犠牲者を出しました。

一方、大陸では、日本軍は戦線を拡大し、通常の戦闘行為とは別に大変残虐な行為もしてしまいました。「大和魂をもったやつが人間で、後は虫けらだーっ」(『水木しげるの戦場』より)こんな教育が施され、地で行ってしまった加害の事実も見逃せません。

戦争はひとたび始まればどちらの民も悲惨な犠牲者になります。戦争ができる国よりも、戦争をしない国をつくることが肝要です。

今、世界のあちこちで紛争(戦争)が起きています。性別、国籍などに関係なく、この世に生きるすべての人々は生まれながらにして、かけがえのない価値を持ち、一人一人がみな『人間らしく生きる権利』を持っています。

日本国憲法は、平和主義とこの基本的人権を掲げた素晴らしいものです。この憲法(権利)を社会全体で守り、尊重することによって、みんなが平和に、自由に暮らせる社会が築かれると思います。

今日はお忙しい中をお越しいただき本当にありがとうございました。

松元ヒロ公演実行委員会


以上です。

nice!(15)  コメント(10) 
共通テーマ:日記・雑感