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国際単位を早期に導入するなら

前の記事で、国際単位への移行が学ぶ者を遠ざけていないかという趣旨のことを書きました。

熱量の単位でも同じことが起きています。それを書きますが、着地点が、実は少し変わりそうです。

熱量の単位と言えば、かつてはcal(カロリー)でした。
1cal は、水1gの温度を1度上昇させるのに必要な熱量とされていましたから大変わかりやすかった。

100gの水の温度を20度上げるには2000cal必要です。そんな計算だけでなくcalの使用で役に立ったったのは、水を凍らせる、あるいは逆に氷を融かすのに必要な熱量の理解です。

0℃の氷1gを融かして0℃の水にするには約80cal必要なのです。水の温度を1度上げるのに必要な熱量の80倍必要です。逆に凍るときにもそれだけの熱量が放出されます。これは融解熱ないし凝固熱として習いました。

水が沸騰して気体になるときには、1g当たり約539calの熱量が必要です。1度上げる熱量の539倍です。莫大でしょう?火事を消すときに消防自動車が盛んに水をかけていますが、この気化熱を利用しているんですね。

そんなことが印象深く頭に刻まれて、物理に興味を持つきっかけにもなりました。

ところが今はcal はなるべく使わないこととされています。理由としては、水の温度を1度上げる熱量は、厳密には、何度の水を1度上げるかによって微妙に違うことや、他の単位系と融合しにくいことなどがあるようです。

国際単位SIの熱量はJ(ジュール)です。
1Jは1Ν(約102g重)の力がその力の方向に物体を1m動かすときの仕事量で、1ボルトの電圧下で1アンペアの電流が1秒間流れたときに発生する熱量でもあります。定義は少しもややこしくないのですが、全然ピンとはきません。

熱量として実感できる水の温度変化につなげるには、水1gを1度上昇させるのに必要な、例のcalとの変換が必要です。
1Jは約0.24cal、1calは約4.2Jです。

そこで、氷の融解熱は約334J/g、気化熱は約2257J/gとなります。
どんどんピンと来なくなります。

ここでも理科に興味を持つ人を減らすことになりそうです。

大系的に正確に学習を進めることよりも、まずは身の回りの物の性質に興味を持つことが大事です。それをしないと、勉強を放棄する人が増え、物の性質を知らない人ばかりになってしまいます。

以上のことから
「中学段階では解りやすい単位で定量的に興味を持たせ、より正確な学習に移るのは高校段階にすべきではないか」
と主張するつもりでした。

ところがこれを書くにあたって色々調べているうちに、現代人が到達すべきレベルの高さを考えると、それでは遅いのかも知れないと思ってしまいました。

興味を持たせつつ早い段階で大系的な学習を進めるには、定量的に興味を持たせることを小学校の高学年に下げることが必要なのではないかと思い始めました。

これではまるで逆ですが、テレビでも多くのことが学べる時代に、小学校の低・中学年の学習のテンポが遅いのではないかと感じることが多々あることを思い起こすと、解決策はそこにあるのではないかと思います。

詰め込みではなく、日常の目に見えない量的なことに興味を持たせることを早い段階でやるべきではないかということです。

こんなことを思うと、今の六・三・三・四制を四・四・四・四制に組み替えた方が合理的なのではないかと、自論に確信を深めてしまいました。

小学校の6年は長過ぎ、中・高の3・3は進学対策もあり短か過ぎます。高校の学習はレベルも高く、理解すること、覚えることが多過ぎます。

時代に合った学制改革を、そろそろ本気で考えるべきではないかと思う次第です。

書き出したときと違う結論に達しましたが、皆さまのご感想はいかがでしょうか?
物理の単位について、ご興味ありましたらネットで調べてみてください。

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学ぶ者を遠ざけた?国際単位の導入

前置きが長かったですが、理科離れの原因の一つになっているのではないかと指摘したいことは単純です。中学で教えている理科です。

理科は生物、地学、化学、物理と大きく4分野に分かれています。動植物を扱う生物は小学校ではフィールドワークもあり、昔より充実しているように思います。

化学は進歩してますからね、知識として教えることが増えました。増えすぎて消化不良になっているかも知れません、特に高校段階では。

気になっているのは物理の分野です。
質量と重さは違う概念であることが教えられます。

質量はご存知、グラムという単位で表されます。一方重さは、その質量の物体を支える力の大きさとして、かつてはグラムに重をつけてグラム重という単位で表していました。たとえば100gの物体があるとすると100gが質量で、100g重がそれを支える力の大きさということです。

重が何かということは高校で教えられました。
まず力を表す単位として、1kgの質量を持つ物体に1m/s²の加速度を生じさせる力を1N(ニュートン)とすることが教えられます。

地球の重力加速度がどれほどかというと、真空中の落下物が1秒につき約9.8m/sずつ速さを増すことから、約9.8m/s²であることを学びます。

そうすると、1kg重は約9.8Nと変換されることになります。

今は中学校段階からN(ニュートン)が登場します。つまり「重」は廃棄されました。

力の単位Nはどのように登場するかというと、1kg重は約9.8Nですからざっくり言えば10Nです。ということは1Nは100g重です。

このことから100gの物体を支える力の大きさ=1N
という関係で力の大きさを機械的に表すこととされます。

重力加速度も9.8という数字も登場しません。

これだけのことならそれほどの大問題=撹乱材料でもありませんが、力の大きさの次に圧力を習います。

圧力は単位面積にかかる力の大きさのことで、かつては1㎠ 当たり何g重の力がかかっているか、つまりg重/㎠ という単位で捉えていました。

今はN/㎡ 、つまり1㎡当たり何Nの力がかかっているかで捉えます。これが圧力の大きさを表す単位 Pa(パスカル)であることも教えられます。

「はあはあ、そうですか」という程度の話ですが、これが生徒に与えられる問題となると、例えば、底面が5㎝ × 10㎝、高さが8㎝の直方体の物体の質量が350gだとすると、底面の圧力の大きさは何Paか?となります。

かつての正解は350g重 ÷ 50㎠ で7g重/㎠でした。つまり1㎠当たり7g重の力がかかっていると理解できます。

今は、質量350gの物体が面に及ぼす力の大きさは3.5Nです。底面が何㎡かというと、0.05m × 0.1m = 0.005㎡ です。
3.5N ÷ 0.005㎡ で計算されます。答は700Paです。

つまり1㎡当たり700Nの力が働いているということです。かなり煩わしい計算をして、ピンとこない答えが正解となります。

この改変は国際単位に早くから馴染ませようという目的でなされたものと思いますが、しかしどうですか、学ぶ者を遠ざけていませんか?

学ぶ者からすると、身近であるべき物理が、十代半ばで遠くに行ってしまったという印象を持ちませんかねぇ?
心配です。

同じことが熱量の単位でも起きていますが、その説明は次回に回すことにして、取り敢えずこれにて投稿しておきます。

ご感想をお聞かせいただけましたら幸いです。


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ゆとり教育の正体は?

今日は教育のことを少々書こうと思います。

少々と言っても教育は大テーマです。教育と一口に言いますが、家庭での教育、学校での教育、その他地域社会やメディアでの教育などがあります。

教育が行われる場所が様々なうえ、胎教から始まって、幼少期、青少年期、生涯学習に至るまで年齢による違いもあります。

教育を問題として考察するときには、どの場所のどんな発達段階の、どんなことを取り上げようとしているのかを明確に意識して取り掛からなければいけません。

当然、あちこちに様々な問題があります。ですから、教育問題については、まずはマップが、地図が必要です。

ここの問題について考えますよ。この問題を解決するには、こういう対策を取る必要があるのではないでしょうか、と提案することが教育問題への正しいアプローチではないかと思います。

冒頭になぜこんなことを言わなければならないかというと「これは教育問題だ」と社会が感じると、目がすぐに学校教育に向けられる傾向があるからです。向けられた学校は、それは家庭や、地域、社会の問題だろうと突き返すことはしません。

教育を一手に引き受けているという自負があるからでしょうか、教育上の問題と指摘されると、文科省の指導のもと、学校教育の中で改善策が考えられ、実行されます。

例を挙げますと数年前まで実施されていた「ゆとり教育」です。Wiki に依りますと

ゆとり教育(ゆとりきょういく)とは、日本において、1980年度(狭義では2002年度以降)から2010年代初期まで実施されていたゆとりある学校を目指した教育のことである。

とのこと。

内容は知識偏重、暗記重視の詰め込み教育をやめて、ゆとりを持って自分で感じ考え表現する力をもっと育んで行こうとするものでした。

具体的には学校で実施していた業者テストとそこで出される偏差値による進路指導をやめること、学習内容を減らすこと、総合学習の時間を設けるなどして生きる力の育成を図ることなどでした。

なぜこのような教育改革が行われたかというと、小・中学生の勉強が業者テストや入学試験対策に向かいがちで、塾通いが過熱していると思われたからでした。

生徒の学力を業者テストの偏差値で輪切りにし、それによって進路指導が行われていることは、学習指導の主導権が業者に握られていたようなものです。

これではいかんと気づいたのでしょう、改革が始まりました。まずは、業者テストと偏差値が悪者にされ、学校現場から追放されました。

安易に頼り過ぎた学校側の姿勢が悪かったということでもありそうですから、その姿勢を静かに改めれば良かっただけのこととも思われますが、とにかく連日新聞記事を賑わせながら、一大教育改革として、業者テストと偏差値の姿が学校現場から消されました。

ここには公立高校の入試問題のあり方、中学校の進路指導のあり方、進学を目指す普通高校への進路希望の集中=専門高校への志望の減少、塾に通わせる家庭の志向、社会や家庭、学校がもたらすべき価値観多様化の不足など、様々な問題があったのです。

学校が業者テストをしなくなり、偏差値を進路指導に用いなくなり、学習内容を減らせば問題が解決されるという問題ではありません。

業者テストは学校外で元気に生き残り、偏差値は元々便利で客観的な統計上のツールですから、合否の目安として活躍し続けました。

進路指導や高校入試の問題はなくなるはずもなく、依然として、十五の春を悩ませています。

学習内容の減少は、ゆとり世代の学力不足として懸念され、今はどんどん増やされています。

こういうことがあるので、教育問題マップを作り、個々の問題にきめ細かく対処法を検討していく必要があると思うのです。

さてその中で、理系不足、理科離れの一因として、中学校の理科を取り上げたいのですが、お固い話をくだくだと続けて来たので、今日はもうやめようと思います。続きはまたの機会と致します。

で、脱線します。
この頃、記事の更新が極めて少なくなりました。パソコンが故障してしまって起動しなくなり、スマホからの投稿になったことが第一の原因です。

パソコンについては「使っていないノートがあるのでどうぞ」とくださった奇特な方がいらっしゃるので、ほぼ使えるようになっています。しかし前のパソコンに入れてあったデータが取り出せないことに変わりはないので、まだ落胆が残っています。

暮には、家でスマホを使うことが多いので、家族のこともあり、光回線を入れることにしました。先日、外線工事も終わり、光が使えるようになりました。

パソコンは使えるし、光は入ったし、どんどん更新すれば良いのですが、実はもう一つ困ったことが起こっているのです。昨年末から愛用のコンパクトカメラが行方不明なのです。

これがあれば元気百倍なのですが、どこに潜ってしまったのかなかなか出て来ません。代わりのカメラはあるのですが、中身に未練があるのです。

というわけで珍しく鬱が晴れない momotaro ですが、ま、諦めればいいだけのことですから、遠からず元気が戻ってくるでしょう。

長々つまらぬことを書いてしまいましたねぇ
お付き合いいただいた方には心よりお礼を申し上げます。

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立憲民主党を中心に・・・ [日本考]

新年も、はや3日が過ぎました。まだ過ぎたばかりですが。ブログの方は今年初です。

何をしてたかって?
暮にしそびれた片付けごとと、年賀状のお返事書きと、義兄の訪問と、留守がちな一家なので洗濯物入れとか・・・ロクなことはしてませんねぇ

片付けごとは身の回りの引き出しや引き出しから溢れた散らかりですね。主に郵便物やポスティングの広告、パンフレットの類ですね、物は。その都度やればいいのについ溜まってしまいます。

ゴミと資源紙と保存物に分けます。時間ばかりかかって量的にはあまり進みません。
情報のやり取りが電子でできるようになってペーパーレスになるかと思ったら全然なりませんね。不要な印刷物がなんと沢山あることか!読まずに資源紙として束ねるものが山とあります。

年賀状は、年末にやっと用意することが多いのですが、今年はパソコンが壊れ修復している暇がなかったので、用意すらできませんでした。

ということは、今年はお返事専門です。元旦はいただいた分コンビニに賀状を買いに行って、昔使ったゴム印を引っ張り出してきて押して、それぞれに返答を書いて・・・なんてやっていると結構時間がかかるものです。書き終わると本局まで、寒い中を歩いて10分、出しに行ってきます。

今日(3日)いただいた分は、コンビニはもう売り切れていたので本局に買いに行って、それから押して書いて、また歩いて出しに行ってきました。車で行けば速いし寒くないのですが、局前が車でいっぱいで停め場所がないことと歩きたい願望があるためです。1日8千歩くらい歩きたいのですが、冬場は寒くて5千歩以下になりがちなんです。

お正月留守番が多いのは、普段は二世代同居で賑やかなのですが、お正月休みぐらいは自分たちの家で過ごそうと、娘と孫が帰ります。普通の家と逆ですね。家内は、家内と呼びにくいので「カミさん」とか言ってますが、お出かけ好きですから、初詣を複数回やります。

そんな生活をしながら、今年は大事な年、いよいよ正念場だなぁ、どうしたらいいだろうなどと思いを巡らせてはいます。

勝負は理屈ではありませんからね、選挙区ごとに具体的に勝たなければいけません。そうなると、野党は大同団結して与党候補に対する対抗馬を立てなければいけません。参院選はあることが決まっているわけですから、今から候補者を決めて応援体制を固めていく必要があります。

野党共闘の軸は立憲民主党だと思うのですが、歴史がありませんからね、地方の支部がまだまだひ弱です。当地も、市会議員の一人が立憲民主党員なだけだと思います。

よーし、この議員さんを応援して、活動を活発にしてもらうことにしよう、などと今年の抱負を練ったりしています。

みなさまも今から統一地方選や参院選の体制作りに関心を寄せていただければと思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

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今年もバッドニュースで終わるのか・・・ [日本考]


押し迫りました、あと1日で今年も終わります。だから何だって?何でもないんですけど、年の変わり目はみなさん重視してますよね。大掃除して、小綺麗にして新年を迎えます。
そのために、今日のショッピングセンターは周辺に車の渋滞ができていて、大変賑わっていました。私も、二度も行ってしまいました、寒い中、歩きで。

今年も、いろいろやり残しだらけです。もう少し身の回りを片付けて、窓拭きなどもして新年を迎えたいところですが、なかなかその時間ができませんでした。パソコンもまだ次を決めていません。来年はその辺りからスタートです。

さてさて最近の主なニュースですが・・・
大型予算編成
IWC脱退
原発輸出見直し迫られる
少子化歯止めかからず人口減少
株価乱高下・・・

順不同ですが、どれも重大なバッドニュースですよね。
財政の健全化が叫ばれる中、一向にその気配は見えず、それどころか遠慮もなく百兆円越え、こういう予算編成をやるようでは、いくら増税しても健全化が実現するはずがないわ、呆れます。

財政健全化が増税の目的になっていますが、ウソウソ、増税の口実に過ぎません。健全化なんかやる気はありませんしできません。増税し続けるだけです。
こういうの、詐欺って言うんでしょうね!


国際捕鯨委員会からの脱退を表明しました。商業捕鯨が認められないからだそうです。
海の哺乳類の鯨を捕食することは認められず、陸の哺乳類の牛を食用にすることは人類の当然の権利?

イルカや鯨に芸を仕込むことは動物虐待で、馬を調教して競走させることは健全な娯楽?

承服しかねる理屈もありますが、しかし世界世論は無視できません。矛盾を指摘して理解し合う努力を続けるしかありません。
脱退なんてあり得ません。

自国の主張が通らないからと言って脱退するようでは、国際ルールを作ってそれを守っていこうとする国の姿勢が疑われます、無になります。

日本は国土も資源も大国ではないのです。国際世論のリーダーとして名誉ある地位を得るべきなのです。
もっとも今の政権ではとてもそんな地位は望めませんが。


原発プラントの輸出が滞っているようです。そりゃそうです、自分の国がこんなことになって、後の始末もままならないのに、それを安全だから買えというのにはちょっと無理がありますよ。

未曾有の地震・津波災害だったとは言え、事前に非常用電源装置などの慎重な備えを怠ったという人的ミスもあったのですから、原子力産業については、一度完全に歩みを止めて、ゼロから反省、考え直すべきでした。

何事もなかったかのように、海外でビジネスを展開するようでは、日本の産業の無責任さを宣伝してしまったようなものですよ。


少子化の歯止めがかからず、この先もどんどん人口が減少していくそうですね。
下記の記事が参考になります。
https://falco84.blog.so-net.ne.jp/2018-12-24

もっともっと前から、3〜40年くらい前から、有効な対策を講じるべきでした。政治が、アメリカの要求に如何に応えるかということにばかり腐心してきましたから、こういうことになってしまいました。

自国の本当の問題は何かを、政治・行政が考えていないんですよね。では何を考えているか?
この国で如何に出世するか?要するに島国根性なんですよね。アメリカ政府の信頼を得て、如何にこの国の中で高い地位に着くか、それが最大の関心で来てしまった。

この国の国民が日米地位協定で人権が守られていなくても気にしない。子育てに障害が多くて出生率が低下していてもどうとも思わない。そんな感覚の人が選挙に出、そんな感覚の人に投票してきてしまった。
ああ!


株価が乱高下しています。
もともと投機資金なんて当てにならないものですから、そちらに金を回さないようにしていた方が健全なのですが、株が上がれば景気が好くなると、大事な年金積立金まで注ぎ込んだ総理がいます。

これ、逆ですよね。景気が好くなって法人の利益が増えて株が上がるのがまともな姿です。

金利も下げるだけ下げてマイナス金利さえ導入しました。金は貯金するよりマーケットに回せということですよね。

それでも実体経済に陰りが見えると株価は下がります。投機筋も上がり続けることばかり考えなくなります。いいところで売り抜けたくなります。暴落します。

金融当局はなんとかコントロールしなければなりませんが、上げる手立てばかり打ってきてしまっていますから、もはや打つ手なしですよ。

公共機関は目先のことに目が眩んではダメですよね。高い見識がないと務まらないのに、目先の政治の具にしてしまう人がやってますから、この先どうなるやら?

以上2018年末のバッドニュースでした。

私としては、理科離れのことを少々書きたいのですが、バッドニュースがどれも大きな問題なのでそちらを書いてしまいました。

来年は、急に良い年は望めませんけど、あの政権は終わりにしたいですね!

みなさま、佳いお年を!
そう、一年間何かとありがとうございました m(_ _)m


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素晴らしい天皇とダメな政治 [日本考]


23日は天皇誕生日で談話を発表されました。テレビ報道で概要を知り、全文を再読、保存したくなりました。

新聞ではできなかったのですが、昨晩ネットで入手しました。
https://lite.blogos.com/article/346980/

やはり素晴らしいものです。完璧ですよね。何がって、今年は災害が多かったことから、まず被災者に思いを寄せられました。

それから退位するにあたり、即位した時の心情を語り、第二次大戦後の世界の動向に触れ、平成の30年間を振り返り・・・この淀みない流れの中で実に真っ当な感想を述べられています。

おいおい、おまえ、陛下の談話を評価してるんじゃねえよ、褒めりゃいいってものじゃないぜ、不遜な奴だ、って、世が世なら処罰されちゃいますから、これ以上細々申しませんが、素晴らしい談話でした。

作文の上手い人は役人にもたくさんいます。総理の演説などは大半はお役人の作文でしょうが、このような感動を呼ぶことは滅多にありません。何が違うかって、うわべの体裁を取るだけで、思いがこもっていないからです。

陛下のは思いがこもっています。自分の生まれついた宿命を知り、時代の状況を認識し、立場をわきまえ、役割を悟り、それを誠実に強い信念で実行してこられた・・・

大変大きな制約の中で自分の務めを精一杯果たそうとしてきたことが、人としてよく理解できるものです。

天皇という立場こそ稀なことですが、人の生き方としてはみな似たようなものです。自分の人生をこのように曇りなく語れる人はそうはいません。

陛下はいつも弱者に思いを寄せられています。沖縄しかり、被災者しかりです。戦争なんか始まれば必ず悲惨な思いをする人がでますから、当然大嫌いです。

みなの幸福を衷心から願って来られました。そういうお人柄の素晴らしさが心打つんですねぇ、役人の作文とは違うんですねぇ。

私たちの時代の天皇は大変素晴らしい尊敬に値する人でした。一方今の内閣は、ほぼ反対ですねぇ、これは私たち一人一人が真剣になってなんとかしなければいけませんねぇ。

ナチスを手本にしている人、戦争を厭わない人など、とんでもない人です。弱者に寄り添う・みなの幸せを願う人とは対極にある人です。冗談じゃないのです。早く一掃しなければ!


そうそう沖縄基地問題、アメリカホワイトハウスへの電子署名、されましたか?
まだでしたら是非!

詳細は
https://majyo1948.blog.so-net.ne.jp/2018-12-17-1


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統合失調の日々でした


早いものでもう一年を振り返る時節となりました。

この一年、一言で言うと統合失調、まとまりのつかない生活をしていました。別に放浪していたわけではありませんが。

今年の個人的な異変としては、やはり、ほとんどしたことのなかった勤め仕事を始めたことでした。フルタイムではなくて、午前中4時間のパートタイムですが。

職場は小学校。元気な子供たちが集い、これを、若手やベテラン教師が、一生懸命、明日の社会人として育成している現場です。ここで学力向上のお手伝いをしています。

子供たちに触れ合い、その育成現場を観ることができるということは大変貴重な体験です。集団教育のマイナス面も垣間見えなくもありませんが、そんなことをあげつらうよりも、現場に出入りできる嬉しさ、有り難さを今は大事にしたいと思っています。

朝は「今月の歌(12月は『冬景色』)」を歌い、休み時間には校庭を走ったり鉄棒にぶら下がったりしています。逆上りぐらいしたいのですが、それがいつの間にかできなくなっていました。腕力と腹筋を鍛え直して、もう一度できるようになろうと、目下チャレンジ中です。

そんな個人的な楽しみもあります。
何しろ私の人生観は「人生120年、60過ぎたら後半戦、70は後半戦の10歳、小学3、4年生みたいなもの」そんな空言が現実のものとなっているのですから、このバイトは愉快です。余暇は減ってもストレスはほとんどたまりません。


この呑気さと、我らが majyo さんの終活の厳粛さが統合できないでいます。
ゆうべ思い立ったのは、お迎えの人に断念するよう祈ることでした。ひたすら祈ろう


それからアベ政治が糾弾されないもどかしさとも統合できません。
アベ政権は多分4選はないでしょう。先の見えた政権の求心力はいずれ衰えるでしょう。時間の問題で終わります。

そう思って前ほどレッドカード騒ぎはしていないのですが、この政権、カジノ法案を通したり、水道民営化や外国人労働者受け入れ法を成立させたりしています。どれもいい加減な資料に基いていい加減な答弁でろくな審議もせず国会で採決しています。

金の使い方がまた乱暴です。経済が足踏みしているのに、歳出だけは、しかも国防費だけは右肩上がりです。財政再建待った無し状態のはずなのに、それで消費税を上げるというのに、そんなことはお構い無しです。しかも増税対策にも税金を使う。参院選が近いので飴をやろうとの作戦です。

どうやら善からぬことはこの政権に全部やらせてしまおうというのが、政権与党の、またそれを支持する人たちの腹づもりのようです。
冗談じゃありません。このうえ駆け込みで悪いことをされたのでは、立ち直る勢いさえ削がれます。

アベ政治、何が悪かったかって、そもそも戦後の民主主義を否定し、戦前戦中の国家主義を礼賛、その再来を画策しています。

いつの時代も、またどこの場所にも、いろんな考えを持つ政治家はいるものです。その一人が最大与党の総裁になりました。そんなこともありましょう。
日本の場合は議院内閣制ですから国会を制した党が内閣を作ります。こうして行政府と立法府を手に収めます。

三権のもう一つ、司法ですが、最高裁判所の裁判官の指名・任命については、つまり人事については内閣に権限がありますから、これもほぼ手中です。

日本の三権分立制は、そう言われていただけで、実は極めて脆弱なものでした。ああ!

しかし、行政の実態は優秀とされる官僚が担ってきました。ここがしっかりしているから日本の政治は総理が頻繁に代わろうと、善くも悪くも安定していると言われてきました。その官界はどうしたのか?

官僚の人事が、官僚組織である人事院から総理の意向を反映する内閣府に移りました。これにより出世第一主義の官僚の目線の方向が変わりました。

さらに森友事件で「私か妻が関わっていたということなら、私は総理も議員も辞めますよ」発言があり、財務省理財局長の佐川宣寿が、関連書類を処分、近畿財務局にも書類の処分改ざんを指示し、総理の、内閣の危機を回避しました。

以降、役人の国会に提出する資料はずさんなものばかりです。官界は内閣の言うなり、手足となりました。税金で働くたくさんの人たちが、みな時の政権を支える巨大な秘書軍団と化しました。

あの時の佐川の態度が官界を一変させたと言ってもいいでしょう。佐川の乱、無血のクーデターと言ってもいいでしょう。服さなかったのは、前川さんぐらい。

政界に牛耳られ、すっかり腑抜けになりました。官僚に、日本の政治を緻密に担ってきたという誇りがあるなら、もう一度クーデターを起こさなければダメでしょう。

メデイアの問題もあります。選挙でまたジミン(自由民主党の略ですが、とても漢字では書けません)やコーメー(公明?どこが?)、イシン(維新?アベ追随でしょう?)を入れる体制派人間の問題もあります。

まだまだ先の見えない世の中です。
この憂いと統合失調の日々でした。来年も続くことでしょう。

でも元気に乗り切ります、皆様もお元気で!
今年最後のつもりはありませんけど・・・?

そうそう、パソコンも壊れました。まだそのまま!

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民衆運動が国を変える国と無視される国 [日本考]


フランスの民衆運動はマクロン政権を揺るがし、その政策を一変させる勢いを持っているように見えます。

日本でも、アベ政権の日米同盟への急傾斜や共謀罪法などの非民主的な法律制定に、万単位の民衆が国会周辺に集まり抗議行動をしました。

しかし、日本の場合は、明らかな失政があるにも拘らず、国政を変える事態には少しも至っていません。

この差はなんなのかと思いを巡らせざるを得ません。

一部が暴動に及ぶほどのデモの過激さが日仏では違うからでしょうか?

いやいや、デモ隊が過激な行動に出れば、日本の場合は、機動隊が大挙出動して取り押さえてしまうだけでしょう。

マスメディアも、そうした抗議活動はなるべく報道しないようにし、民衆運動の拡散・拡大を助長しないように努めてしまうでしょう。

日仏の違いは何なのでしょうか?

それは「国民主権」の浸透度の違いにあるのではないでしょうか。

あちらは骨の髄から国の主権は国民にあると思っているのです。国民が怒っていれば政府は吹っ飛ぶのです。国民が認めていればこその政府であり大統領なのです。

一方日本の「国民主権」は、国家が戦争に負けて、戦勝国が主権を取り上げ、これからは国民主権の国として生まれ変われと、国に体制を与えたものです。

国民が自らの力で勝ち取ったものではありません。戦勝国も、そのような体裁は採ったものの、本気で国民主権の国にするつもりなどはありません。

大いなる犠牲を払って占領した西太平洋の島国ですから、末永く自国の国益に供したいのです。従順な政府にいつまでも国をコントロールさせておきたいのです。

国民主権の国とは名ばかり、体裁だけですから、一部国民の抗議活動など、まったく取るに足りない「こんな人たち」の意思表示でしかないのです。

ただのさざ波にすぎません。メディアも国民の認識もそうなのです。「主権者が動いた、それ一大事!」とは、誰も思わないのです。

国民主権の認識・自覚の低さは、実は日本国憲法に現れているのではないかと、私は以前から思っています。

日本国憲法の前文といえば、国民主権や平和主義について高らかに宣言するものとして高く評価するのが通説です。ですがその書き出しは

「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。・・・」

なぜ冒頭に主権者国民の行動を制約しなければいけないのですか。
「意見、異論があるなら、選挙で自分の意見を代表する国会議員を選べ」と憲法が初っ端で言っていると解釈できませんか?

国会周辺に何人人が集まろうと、国会議員の多数が決めたことが絶対なのです。政府や与党議員はそう思っているのです。

選挙には神経を使います、選挙前は策を練ります。議員を減らさないように万全の策を講じます。日本の国民主権はこれに尽きます。

フランスの憲法はどうなっているのでしょうか?

ネットで検索しました。

http://www.geocities.jp/sekaikenpo/fr.doc

フランス(1958年憲法)

前文
 フランス人民は、1789年宣言により規定され、1946年憲法前文により確認かつ補完された人の諸権利と国民主権の諸原理に対する至誠、および、2004年環境憲章により規定された権利と義務に対する至誠を厳粛に宣言する。
 これらの原理および諸人民の自由な決定の原理の名において、共和国は、加盟意思を表明する海外諸領に対し、自由・平等・友愛の共通理念に基礎づけられ、諸領の民主的発展をめざして構想されたところの新制度を提供する。

第1条
〔共和国の基本理念〕
① フランスは、不可分の、非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である。フランスは、出自、人種あるいは宗教の区別なく、すべての市民の法の前の平等を保障する。フランスは、あらゆる信条を尊重する。フランスは、地方分権的に組織される。
② 法律は、選挙で選ばれる代表者的任務、選挙により就任する職務、および、職業あるいは社会における責任ある地位への男女の平等な参画を促進する。

第1編 主権について

第2条
〔共和国の言語・国旗・国歌・標語・原理〕
① 共和国の言語は、フランス語とする。
② 共和国の紋章は、青、白、赤の三色旗とする。
③ 国歌は、ラ・マルセイエーズとする。
④ 共和国の標語は、自由・平等・友愛とする。
⑤ 共和国の原理は、人民の人民による人民のための統治である。

第3条
〔主権の帰属・選挙・平等参画〕
① 国民の主権は人民に帰属し、人民はそれを代表者を通じておよび国民投票の方法で行使する。
② 人民のいかなる部分も、いかなる個人も、その行使を占奪してはならない。
③ 選挙は、憲法の定める条件内で、直接的あるいは間接的なものとすることができる。選挙は、常に、普通、平等、秘密とする。
④ 選挙人となるのは、法律の定める条件に従い、民事上および政治上の権利を享有するすべての成年男女フランス国民である。

以下省略します。

「国民の主権は人民に帰属し、人民はそれを代表者を通じておよび国民投票の方法で行使する。」と似たような規定はありますが、冒頭に制約するようなものではなく、制約のない人民が憲法を作っていました。人民の重みがやはり全然違うものでした。

日本国憲法は素晴らしい規定や宣言が随所にあります。しかし、これが理想で、これを守ることに意義があるとするのは、いかがなものでしょうか?

さらに良いものにしようという気概がないと、「隙あらば骨抜きにしよう」とか「基本的人権など認めていたら国力が発揮できない」などと考える人たちによって逆方向に改正つまり改悪されてしまうのではないでしょうか。

まずは「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」この冒頭に相応しくない規定を取るなど、さらなる民主化に向けた改正案を打ち出していく必要があるのではないでしょうか。

守りの姿勢はどうしても弱い、勢いが出ません。

人民の力が結局は国力なのではありませんか?


など、日仏を比較すると、思うのです。



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今こそ日本人に問う [日本考]


今こそ日本中のみなさんに問う

あんな政権でいいんですか?

あんな国会でいいんですか?

適当な資料を作り上げ、ろくな審議もしないで法律を作る

聞かれたことにはまともに答えず、ズレた返答でお茶を濁す

言葉の論理が、道理が通らない国でいいんですか?

民主主義が、国民主権が崩れ去っていいんですか?

憲法が守られず、基本的人権が尊重されない国でいいんですか?

独裁政治が、戦前の暗黒社会が復活していいんですか?

まだまだ心配なことは沢山ありますよ!

ボォっと生きてんじゃねぇよって、今の日本人全体が言われているんじゃないですか?

未来の日本人から、過去の日本人から、世界中から、言われているんじゃないですか?


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無題

多くの人が既にお読みになっているでしょうが、majyo さまが連日正義の憤りを噴出されています。

わたしも沈思黙考していたら同じような憤りを噴出しているでしょう、あんなに流れるように書けませんが

今の政権って一体なんなんだ?
税金を使いたい放題使って、三権分立の民主主義の根幹を壊し、悪法ばかり作り、言葉の理を麻痺させ、国民を不安に陥れている・・・

なんなんだこいつら?

昼間はなかなか時間がなくて考えたり書いたりしていられないので書いていないだけです。

じゃ何やってるかって?
楽しくバイトやったり、仕方なく家事の一部をやったり、一昨日は高校時代の友人が二人近くのホテルに来て、カラオケに行ったりしてました。

「息子よ」と「娘よ」をうなるのを聴いて大いに笑っちゃいました。藤岡藤巻とかいう人の歌です、笑えますよ

昨日は、幼稚園が祖父母のためのお遊戯会をしてくれたので、バイトを休んで観に行ってきました。

幼稚園て優しいのに、よく上手に仕込みますね、感心してしまいます。競争があるから? 園児が素直だから?

頭の中では、教育問題を、ボォっと考えています。

以上、近況ご報告です。

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