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最悪の北朝鮮政策 [日本考]


昨夜寝床スマホで次の文を途中まで打ちました。残りはさっきPCで・・・

アベ政権は、原発事故の防止対策を怠ったこと、教育基本法を改変したこと、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法を作ったこと、森友問題で「私か家内が関わっていたということなら、潔く職を辞す」とまで言ったのに何ら責任を取っていないこと、などなど、これまで数々のよからぬ政治をやってきましたが、今やっている北朝鮮を巡る政策は、国民にとっての直接の害の可能性という点では最悪かもしれません。

北朝鮮は核保有国になることを国策として、ミサイル発射や核実験を国際世論を無視してやり続けている国ですから危険な国です。それは間違いないことですが、その国とどのように接することが日本の国益にかなうことなのか、それをまったく取り違えています。

北は、日本を狙えるミサイルは既に多数保有しています。日本列島を飛び越えてアメリカ本土まで核爆弾を運ぶことすら可能になりかけています。これ以上の核やミサイル技術の開発を止めさせることが、世界の安全保障上の課題になっています。

それも間違いのないことです。アメリカはこれ以上開発を続ければ国を完全破壊すると脅しをかけています。アベは日本の総理として「今までの対話重視が何ら効果なくこのような結果を招いたのだから、圧力をかける以外ない、アメリカの姿勢を全面的に支持する」と表明しています。

なぜ、ここまでアメリカの強硬姿勢を支持するばかりでなく、アメリカ以上に軍事圧力路線を採ることを主張するのでしょうか?なぜ危険な国に、真っ向立ち向かってしまうのでしょうか?

アメリカの宣告は、アメリカの判断で、アメリカと同盟国が一斉に北朝鮮を軍事攻撃することがあり得ると明言したのです。ということは、北朝鮮にしてみれば、まさに国の存亡をかけて、この事態を回避する挙国一致の行動をとることを考えるしかないのです。

それが「軍事開発をやめる」という圧力をかける側の思惑通りならば良いけれど、脅しに屈しない強気一点張りでここまできた国です。その選択肢を選ぶことを期待することは楽観的に過ぎます。となると、開発してきた軍事力で、先制攻撃させないための先制攻撃をするか、攻撃を受けた場合には、即刻応戦のミサイル発射をするでしょう。その場合には、死に物狂いですから、持っているものは何でも使うでしょう。つまり核による報復も考えられます。

その場合の目標はどこか、アメリカ本土も狙うかも知れませんが、アメリカと一体の、あるいはアメリカ以上に敵対的な日本を狙うことは大いにあり得ることです。韓国も大変なことになります。そういう恐ろしい事態が起こり得ることを想定して、あのような立場をとり、あのような発言をしているのでしょうか?そんな事態になったときどのようにして国民の命と生活を守るつもりなのでしょうか?

このように大きなリスクをかけてまで、北朝鮮を追い込む路線をひたすら進むのはなぜなのか、あまりにも合理性がないことなので、あの人の性向を踏まえて推察してみます。

まず国民が受けるかもしれない被害を過小評価していると思われます。大都市上空で原爆が炸裂することを、日本海側に集中してある原発がミサイルなどの攻撃を受け破壊されることを、ライフラインや交通網が寸断され、経済生活が乱れることを、戦時体制下におかれ、国民の自由が奪われることなど国民が遭遇せざるを得ない不幸を、大したことではないと思っているのです。

口では違うことを言っていますが、腹の中は、大事なのは国家であって国民ではないと思っている人です。国家の意志(そんなものはありっこなくて、為政者の志向に過ぎないのですが、そう思い込んでいるのです)により起こる事態に国民が全力で対処するのは当然のことだと思っているのです。国家主義者なのです、あの人は。

リスクは過小評価する一方、狙いは大きいのです。あの国の存在が忌まわしくてしょうがないのです。一刻も早く取り除きたい。その願望においてあの人に勝る人は、世界の首脳の中にいないでしょう。だからこそ、あの国連での演説で世界が驚愕するのです。北朝鮮問題ではあの人の理性は働いていない、感情で動いていると見るべきでしょう。

ではその望みは達成できるのかと言えば、ことはそんなに簡単にいかないことはすぐに分かります、普通の頭なら。あの国の位置からして、中国、ロシアが、親米や親日政権ができることには神経を尖らせているのです。日本も含めて東アジア中立地帯ができるなら別ですが、日米韓の軍事同盟が一方的にあの国を軍事制圧し思いどおりにすることを黙って見ているはずがないのです。

感情論で国をいたずらに危険の淵に追い込んでいる現政権のやり方で、支持率が上がっているという現象はなんなのでしょうか?見守る国民の側にも似たような感情論があるからなのでしょう。ここはマスコミやコメンテイターが、現政権の採っている道の危険性を、もっとはっきりと報道する必要があろうかと思います。現在は流れ星が落ちる程度の危険性でJアラートを鳴らしていますが、爆弾を積んだミサイルの標的になるようなことになれば、訳が違います。事の危険性はまったく別次元となりますから、危険な政治は止めさせないといけません。

そんなことを切に思う今日この頃です。

おまけの写真は、近所のお寺さんで撮らせてもらいました。萩が咲き、キンモクセイが香る季節になりました。
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以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
そうそう、久しぶりで時事放談を見ました。問題点を総ざらいしてました。カメラに収めましたので、『受け皿』のほうで紹介したいと思います。時間があればの話ですが。
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思いが叶った二日間(その5) [たまには photo news]

寝て起きました。15日朝です。
改めてこの部屋。階段上がって突き当たりです。
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夜具を片づける前。奥で寝ている人、成仏してしまったわけではありません。寝起きの体操をしているのだそうです。奥にもまだ4畳ですが一間あります。
そこの窓から右手(北西)を望むと
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左の寝室の窓から南よりを望むと
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いや~気持ちのいいところです。
2階の階段脇にも8畳間があります。
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窓が明るくなっていますが、そちらが東、朝日が差し込んでいます。
階段を降りて、改めて玄関から入りなおしてみます。
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正面が廊下で階段に通じています。「お茶が用意してあります、どうぞごえんりょなくおあがりください」とあります。
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こういう開放的なところなんですよね、ここは。また頭が下がります。
玄関右手の部屋です。
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「花も嵐も踏み越えて・・・」の歌詞が見えます。
右手窓側には
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星影のワルツ
さらに右側には
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青い山脈。そして真ん中にアコーデオン?
帰りにお伺いしたところ、てるりんさんがアコーデオンを演奏なさるそうです。現在は肩を痛めていて、控えているとのこと。いつか生演奏でこれら3曲歌えたら・・・また思いが膨らみました。

さて、朝食です。昨夜のうどんを温かい汁で、それから用意していただいた納豆や魚の干物、卵焼きなどで、黒米入りのご飯をいただきました。
7時頃でしたから、テレビが一斉にJアラートを報じました。

「北朝鮮が6時57分ごろ、弾道ミサイル1発を太平洋に向けて発射しました。近くの丈夫な建物に避難してください。近くに丈夫な建物がない場合には・・・」
長野も警戒地域に指定されていたので、食事は中断し、大急ぎでお膳の下に潜りました!
は、真っ赤な嘘で、「また騒ぎをやってるぜい」とゲラゲラ笑ってテレビを見てました。

何を根拠に不謹慎にもゲラゲラ笑っていたかと言うと、
①宇宙空間を通り過ぎるだけだろう、今ごろは通っちゃってるんじゃないの?
②警戒区域が北海道から長野までだろう、広すぎるんじゃないの?弾道がどこに来るか捕捉できてないってことだよ。
③そのくせ警戒区域に埼玉や東京など首都圏は含まれていないんだよ。含むと騒ぎが大きくなり過ぎるって考えてるんじゃないの?
④第一頭を抱えて伏せてろって、そんなことやって効果があるのかね?

まったく、流れ星が落ちてくるような話を出汁にして、宣伝しまくって、支持率を上げたり防衛予算を吊り上げたりしようっていう魂胆なのだから、呆れてしまうって初めは笑っていたけれど、もう遥か沖に着弾したことがわかってからも、全チャンネルがいつまでもそのニュースばかりをやっているので、しまいにはみな、腹が立ってきました。

折よくてるりんさんから電話が入りました。「今出ればアルプスが見えるかもしれない、時間がたつと雲が出てまた見えなくなってしまいますよ」
大急ぎで、昨日の公園に上がりました。

北アルプス展望美術館駐車場からの眺めです。
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このあと実家に戻り、すでにお出でになっていたてるりんさんにお礼を申し上げ、荷物を積んで帰路につきました。十分なカンパもできないのに、お土産までいただいてしまいました。

帰りは松本から佐久に抜け、道の駅で休憩
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浅間山を写して、佐久インターから上信道に乗り、上里で昼食、13時半頃には熊谷に着いていました。急いだのは、千葉九十九里まで帰る人がいるからです。
プリウスは18リットルで元の満タンになりました。リッター24キロぐらい走ったようです。

majyoさん、てるりんさん、福山?さん、松山?さん、大変ありがとうございました。お陰様で思いが叶いました。
ブログをご覧いただいたみなさま、今パソコンのキーボードが不調で手間がかかり、5回にもわたってしまって申し訳ありませんでした。








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思いが叶った二日間(その4) [たまには photo news]

14日の夕方です。ひとりプチ散歩を終えて実家に戻りました。お膳は食べ物でいっぱい。
「ウッワ、ずいぶんご馳走を作ってくださったんですねぇ。天婦羅うどんをご馳走してくれるというので、酒と肴は一通り持参してきたんですけど。これはすごい!」

すごいのならちゃんと写真を撮ればいいのに、みなさんを少々待たせていたこともあって、てるりんさんにもノンアルコールビールを注いで「カンパーイ」なんて始めちゃったものだから、手作りのご馳走の写真はあとのまつり、半分食べたものになりました。

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もう空き缶があんなに並んでいます。
天婦羅はエビ、蓮、ピーマン・・・トレーいっぱいあったんですよ。
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紹介の順番が違いましたねぇ、オードブルが先でしたねぇ
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チーズ、スモークサーモン、ミニトマト、きゅうり、セロリ、りんごなどを楊枝で刺したお摘みが、たくさん用意していただいてあったのでした。
さらに煮物も。そうそう、茶碗蒸しも。煮物の右にあるのは、干し柿ではないかと思うのですが、その中にマーガリンらしきものが詰まっていました。これも美味しかった。
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この右隣に手打ちうどんと朝用のご飯が・・・

せっかく用意していただいたものを食べ残ししたくなかったのですけどね、飲む人ってのは、あまり食べないんですよね、孤軍奮闘及ばず、結局半分近く残してしまうことになりました。申し訳ないことをしました。

食べ物の経緯は以上ですが、それをほお張りながらどんな話をしたかって?
テレビに夜のお祭り風景の静止画が映ってまして、てるりんさんが池田町の八幡神社例大祭の話をしてくれました。9月23日と24日にあるのだそうです。ネットの観光協会から写真をお借りします。
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この写真の風景は熊谷の夏祭りにも似ているのですが、お囃子のリズム、音色、雰囲気などはいろいろ違うでしょうから、参加してみないと想像がつきません。でもきっと情感豊かな秋祭りなのでしょう、なにしろ北アルプスのふもと、安曇野ですからね。

ひときり、各地のお祭りの話に花が咲きました。秋田の竿灯祭りとか、秩父の夜祭り、おわら風の盆とか。
てるりんさん、6時にはご自宅にお帰りになるとのことなので、少しは政治のことをお話したくて、「ポスト自公政権の受け皿に求めるもの」というブログで、「こんなアンケートを作ったんですよ」と話を始めると、
「うんうん、それブログで読みました」とのこと。
「共産党さんから回答が来なかったんですけど、ようやく市委員会から回答が届きました。もらったばかりでまだ載せてないんですが・・・」と回答を読み上げると、「ふむふむ、まあ、そんなところでしょうね」硬い話はその程度。あとは、調子の悪いパソコンで苦労した話を共有したり。
間もなく「明日は9時ごろ来ますから・・・」とお帰りになりました。

この後8時ごろまで飲んで食べて、残り物を冷蔵庫に入れたり食器を洗ったりして、9時には2階の寝室に上がりました。布団の中でスマホして、早寝しました。
上がってびっくり、2階も広いんです。その様子は、その5で。

取り留めのないお話にお付き合いいただきありがとうございました。

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思いが叶った二日間(その3) [たまには photo news]

9月1514日の2時半ごろのことです。上原良司の碑を拝しに坂を上りました。
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まずは石碑建立の趣意
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トリミングします
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続いて良司氏の略歴
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トリミングします
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そしてモニュメント
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トリミングします
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ご参考までに遺書の全文をネットより引用します。

【 「所感」

栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが。自由の勝利は明白な事だと思います。人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、たとえそれが抑えられているごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、 かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。

権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。

真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。自己の信念の正しかった事、この事あるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。

愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。

空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。一器械である吾人は何もいう権利はありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願いするのみです。

こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。

飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。

明日は出撃です。過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽らぬ心境は以上述べたごとくです。何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。

言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で 】

良いことをたくさん言い遺してくれました。中でも
「真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。」
この言葉に私は心打たれます。「愛国者」と自称する人はたくさんいますが、他国を踏みにじろうとする人は、結局、自国民を不幸にします。真の愛国者は、他国と共存して、なお誇り高い良司氏のような人です。

まったく日本は無茶な戦争をしたものです。若者に有無を言わせず国のために死んで来いと命じたのです。それが起死回生の一撃となって、戦局が変わる目算があるならまだしも、そんな見通しもないまま、他人の、しかも志ある若者の命を、「お国のため」という言葉でもてあそんだのです。
「こんな戦争を二度とやってはいけない」というのは、日本人誰しもが思うことではないでしょうか。

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心をこめて鐘を鳴らしました。

素晴らしい人を輩出しているんですね、池田町。そういう土地柄なのでしょうか、今もそんな伝統が生きているような気がします。たとえば実家の茶の間に・・・

このあとスーパーに立ち寄り、ビールなどの酒類と、つまみをあれこれ買いました。それから実家にもどり、銭湯を教えてもらいました。日帰り温泉という選択肢もあったのですが、ひと風呂浴びて、早くイッパイやる方を選んだので、近くの保健施設のようなところに行きました。「三丁目のクランク状の交差点を右に曲がって・・・」歩いても10分とはかからない近くに、いい町営の施設がありました。写真は撮り損ないました。65歳以上は200円だったかな、それで貸し切り状態でした。まだ早かったからかな

実家に戻ったあと、まだ陽があったので、カメラを持って近所にふらっと。
ほんの10mメートルぐらいのところに、「牛に引かれて善光寺参り」の牛を繋いでおいた繋ぎ石?がありました。
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その向かい側にはこんな史跡もありました。
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それからコンビニの駐車場で見て、写真に収めたいと思った場所に行ったら、火燃しが始まって煙っていて、あてが外れました。
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パソコンが不調で時間がかかってしまい、本日はこれまでです。

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思いが叶った二日間(その2) [たまには photo news]

14日9時ごろ東松山インターから関越道にのりました。横川サービスエリアまでノンストップ。

小用を済ませ、運転手交代。初めてハイブリッドカー・プリウスの運転席に座りました。スイッチが左側にあって、ボタンなんですね。それを二回押すとスタンバイ。ギアというかシフトレバーが左手、ちょっと動かすだけで前進、後退、エンジンブレーキ。サイドブレーキは左足で操作。へー、でもいきなり高速道路で大丈夫なんですかね?

一抹の不安はありましたが、アクセル、ブレーキ、ハンドル操作は変わりありませんからね、いきなり高速デビュ―しちゃいました。

大きな吊り橋を越え、カーブとトンネルの連続を経て、軽井沢インターを過ぎるとなだらかな下り坂。佐久に出るとしばらくは右側に浅間山を眺めながらの走行となります。と言っても運転手は眺めちゃいられませんけどね。雲が掛かっていて、山頂までは見えなかったようです。

更埴ジャンクションまで行くのが最速ルートなのでしょうが、わざわざ三角形を遠回りしてまで急ぐ旅でもないので、上田インターで降りました。降りて、カーナビに実家の茶の間の住所を入れました。R254を通るルートがなかなか見つからず、エーイと最短ルートを押しました。確かに遠くはなさそうだけど、どんな峠道が待っているやら?

対面車が一台も来なくて、通行止めを心配するような道もありましたが、目的地にはどんどん近付いていっているようでした。そうそう、蕎麦屋さんにもなかなか出合えず、筑北村というところでやっと一軒。迷わず立ち寄りました。
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ザル蕎麦食べました。さすが信州、うまかったですよ。

ここに寄ったのが12時半頃だったので、13時到着は間に合いそうもありません。少し遅れますコールを入れました。
そこからは峠一つだったでしょうか、池田一丁目の交差点にドンピシャで出ました。
着きました
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玄関の写真は車がない時に撮ろうと思っていて、結局撮り損ないました。<(_ _)>
「はるばるようこそ!まずはお茶でも」って・・・
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畑仕事から看病、ビラ作り、SNSを使っての情報発信などなど、頑張って来られたんですよね、この腕!自然と頭が下がります。
「広いんですねぇ、実家の茶の間は想像していたよりずっと広いですよ。写真を撮らせてもらっていいですか」
「どうぞ、どうぞ」
玄関入ってすぐ右側の部屋
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その次の間
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散らかっているんじゃないんです。バザーの部屋なんですね。色々な物が置いてあります。
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三番目の部屋、ここが茶の間ですね、ピントが合ってなくてすみません、また眩しいものが二つあって<(_ _)>
玄関からまっすぐ広い廊下があります。
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階段とその向こうはお勝手のようです。

お茶をご馳走になって一休みした後、近くのクラフトパークを教えていただきました。車で5~6分南に向かい、東の山を登っていくと美術館やちびっこ広場、上原良司の碑などがある公園に着きました。
中ほどにある池田町創造館の駐車場からの景色です。池田の街を眼下に北アルプスを望みます。
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雲が低くて、北アルプスまでは望めませんでした。
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反対側、駐車場の上に、良司の碑が見えます。
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このあとすぐ手を合わせに行くのですが、その前に、彼の崇高な遺書をご紹介させていただきます。今日は時間がなくなりましたので、その3で。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

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思いが叶った二日間(その1) [たまには photo news]

これは出かける前に掲載したかったのですが、時間がなく実現しませんでした。

先週の初めごろから、企んでいることがありました。それは、拙ブログによくコメントを寄せてくれるSUN FIRST 氏と、以前飛入り投稿してくれた東の釣り師、
http://mo-mo-ta-ro.blog.so-net.ne.jp/2013-08-03
どちらも高校時代からの友人なのですが、たまには遠出しようという話になり、たまたま3人の都合が14,15ならなんとか・・・ということで一致。さてどこに行くかという段になったのです。

お二人は目的地は特にないようなので、ようし「折があったら是非一度」と思っていた、知る人ぞ知る「実家の茶の間」見学を実現しようと思い立ったのです。
さきしなのてるりんさんが、介護やご自身の闘病生活にもかかわらず、志を着々と実行されている現場に行って、直接敬意を表したいと、いつかそんなことができたらいいと思っていたのです。

そのてるりんさんのブログは8月末で、ぱったりなくなりました。
幸い、私は、以前ブログのメールに送信したことがあって、ご自宅の電話番号を知っていたので、かけてみました。そして男3人宿泊可能ですか?などお伺いを立てましたところ、営業してないけれど、知人ということで、一泊500円、ご希望があれば朝食300円で泊まれますよとのこと。
安すぎる点は後で調節することにして、とにかく私の行ってみたさと、景勝地で旧友と旧交を温めることの両立が見えてきました。

さて、私はもうひとつ日頃実現できていないことがあったのです。それは、あのsuper majyo さんが、ガンが発覚し放射線治療を受けることになったとのことなのです。放射線治療とくれば、不肖momotaroは、病名こそ違え、先輩なんです。1日2.3グレイ✕週5回✕6週間、計69グレイの被ばく体験者なのです。ステージの進んだガンが発覚し、治療が始まって5年経ってピンピンしているのですから、会えば何か力付けることもできるのではないかと思っているのです。そうは言うものの、一往復する時間はなかなかとれなくて、日々が空しく過ぎていたのです。

この際、この件もなんとかならないか・・・我が旧友たちは、前の晩の13日から前夜祭?で当地でイッパイ、それからカラオケで熊谷泊まりなんです。なら、早起きしてもらって、6時半発にしてもらえば、治療前のmajyo さんに会えるのではないか?
これも連絡をとると、なんとかなりそうなことがわかったのです。
あとは強行するのみ!

てな訳で、14、15の私の短い夏休みが始まるのです。
前置きが長過ぎましたねぇ。実はまだ前があるのです、短くしておきますが。

majyoさん、ブドウが好きだと書いてました。12日にたまたま近辺でブドウを栽培している現熊谷市、元の江南町に行く用があったのです。種ありですが活きのいいのを買いました。そのときてるりんさんにも電話しました。
「そちらはブドウの産地ですか?」
「作っているところもありますけど、まだ早いですね」
そこで実家の茶の間用にもひとつ買いました。そのブドウ農園の写真は撮り忘れたのですが、その帰り途、
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この「くり」が目にとまり、栗も二袋買いました。
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「えっ、二袋買ってくれるの」って言うから
「そう、負けてくれる?」って言ったら
「じゃ、これ持っていっていいよ、今年最後のブルーベリーだよ」って
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これをくれました。左側にはイチジクが3個入ってました。うっかりそれを食べてしまった後の写真です。
気持ちのいい人たちなのでもう一枚写真を撮りました。
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「写真を撮ってどうするの?」って言うから
「ブログに載せるの。いい?」
「いい、いい、是非載せて!載せたら教えて」って訳で載せます。有機農法がんばってください!

これ追加します
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14日の朝はがんばって早起きして、6時30分には出発してました、SUN FIRST さんのプリウスで。

7時半ごろには大学病院の入口に着いて連絡を取り合ったところ、どうも駐車場の話が合いません。同じ系列の国際医療センターのほうでした。7~8分で移動できましたので、支障はありませんでした。
ようやくmajyoさんの14日の記事に追い付きました。
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ロビーです。majyoさん、お元気でした。
私が治療してもらった高崎の病院も豪華だなぁと思いましたが、ここはまたそれを数倍大きくしたような豪華な施設でした。
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スタバの喫茶室です。cofee、お見舞いに行ったほうが奢ってもらっちゃいました。

majyoさんの記事には「momotaro侍3人衆」なんてありましたけど、われわれは、剣豪ではなく酒豪二人と下戸ひとりの、てんぷくトリオみたいなもので、majyoさんを励ました?あと、すぐに北に向かい、ナビの支持するまま東松山インターを目指しました。

今日の記事は実家の茶の間まで、着きませんでした <(_ _)>
明日は高速道路でひとっ飛び?しますので・・・続きをお楽しみに!

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ロータリーの爪と田園風景 [たまには photo news]

昨日のことは昨日、
http://seiken-check.blog.so-net.ne.jp/2017-09-11
に書きました。
今日は一昨日のことを書いておきます、というか、一昨日の写真を貼っておきます。

一昨日の夕方、久しぶりに岡の鰹さんを訪ねました。昨年、コンバインで稲刈り体験をさせてくれた友人です。
http://mo-mo-taro.blog.so-net.ne.jp/2016-10-09-1

倉庫でお仕事中とのこと。大型機械の下に潜り込んで作業をしていました。
「何をやっているんですか?」
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「この機械、ロータリーって言ってるんだけど、
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この耕運機の下に
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着いてる爪を交換してるんですよ」
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「2~3年使うと減っちゃってね、交換しなくちゃならないの。」
「へー、何本ぐらい着いてるんですか、7~8本?」
「いやいや、32本かな」
「それは大変ですね」
機械の働きは絶大だけれど、それだけ消耗も激しいわけですね。その分機械の手入れに手間暇、金もかかるということですね。ちなみに4万円だそうです。

お邪魔しては悪いので、ムーサシーノの田園風景撮影に飛び出しました。
倉庫わきの田圃
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今年のできはいいそうです。
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案山子が静かに見張っています。
去年刈らせてもらった田圃です。新幹線が走っています。
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咲き始めた彼岸花
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一足先に開いた彼岸花
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シラサギが数羽いるのですが、ちょっと近づくと遠くに飛び去ります。
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イチモンジセセリでしょうか
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名前はわかりませんが、この花がたくさん咲いていました。
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以下は百日草。花の形が微妙に違うので、一生懸命撮ったのですが、ピントが合ってくれませんでした。
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マクロモードにすベきでした。

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コスモスがほころび始めました。
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本日は以上です。あれ、政治ネタはないの?
一言触れるとすれば、majyoさんの紹介で訪ねた森永さんの123便の事故の記事。あれによると、どうやら自衛隊機の誤射があったようですね。大変重大なミスで痛恨の極みですが、人間のやることにミスはつきものです。それより大きな問題は、事後の事故処理です。あり得ない大きな過ちです。いつかきちんと裁かれる時が来るのでしょうか?きっと来ますね!
以上です。
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「自虐史観?」だれも自虐なんてしてませ~ん! [日本考]

先日、majyoさんが「史実、現実を直視できない人たち」
http://majyo1948.blog.so-net.ne.jp/2017-09-03
で取り上げていましたこの記事

【 東京都慰霊堂のある横網公園で、極右保守の女性団体の慰霊祭が9月1日に行われ、団体代表が
「私たちの先祖があたかも6000人の朝鮮人を虐殺したかのような
事がまかり通っている。この真実の石原町犠牲者慰霊祭を契機に、反日日本人の手による自虐史観を払拭せねばなりません。」
そして過去の南京大虐殺、従軍慰安婦問題にも触れている、捏造であるかのように。(以下省略)】

「自虐史観」という言葉が気になって仕方ありません。そこで、この言葉の沿革を調べて見ました、少々。Wikipediaには次のようにありました。

【沿革[編集]

詳細は「歴史教科書問題」を参照

秦郁彦は、1970年代に入った頃に、まず「東京裁判史観」という造語が語義がやや不分明のままに論壇で流通し始めたとしている。

冷戦後、日本において日中戦争・太平洋戦争などの歴史を再評価する流れが表れ、自由主義史観を提唱した教育学者の藤岡信勝などによって「新しい歴史教科書をつくる会」などの運動が活発となった。「つくる会」は、主に近現代史における歴史認識について「自虐史観」であるとし、いわゆる戦後民主主義教育は日本の歴史の負の面ばかりを強調し、連合国側などの立場に偏った歴史観を日本国民に植え付け、その結果「自分の国の歴史に誇りを持てない」、「昔の日本は最悪だった」、「日本は反省と謝罪を」という意識が生まれたと批判した。

秦は「自虐史観」も「東京裁判批判」も語義は曖昧だとし、こうした主張の主力を占めるのは、渡部昇一(英語学)、西尾幹二(ドイツ文学)、江藤淳・小堀桂一郎(国文学)、藤原正彦(数学)、田母神俊雄(自衛隊幹部)といった歴史学以外の分野の専門家や非専門家の論客であり、「歴史の専門家」は少ないと主張している。

2014年(平成26年)1月には自由民主党が運動方針案に「自虐史観に陥ることなく日本の歴史と伝統文化に誇りを持てるよう、教科書の編集・検定・採択で必要措置を講ずる」と明記した。】

この言葉は、1970年代以降、それまでの歴史観を批判する言葉として用いられるようになったのです。日本人にとって不利益になるような歴史認識に対して「その歴史観は間違っている。自虐的だ」と言うのです。
「日本民族の立場として、日本民族が選んだ国の歩みとして、全ての結果を評価しなければならない。歴史はどんな立場で見るかによって正邪が違うのだから、負けたことを前提に、勝者の側から見た歴史観を受け入れ、過去を懺悔しようとする態度は間違っている」という主張です。

確かに、過去の出来事をどう見るかは、見る人の立場によって異なります。つまり主観的にならざるを得ませんから、この主張は、正論のようにも見えます、一見。
見えるどころか、彼らはこの論理こそが正しいと信じ込み、日本軍が周囲や自国民になしたことの非人道性を指摘する歴史観は全て「自虐史観」として排斥しています。自分たちと違う歴史観に対して貼り付けるレッテルとして、この言葉を使っています。

しかし、この論理は本当に正しいのでしょうか? このように、この論理をナギナタのごとく大きく振り回して良いのでしょうか? 実はまったく良くありません、まったく不当なことです。

理由は簡単です、2つ挙げておきます。

一つは、脈絡のある歴史観と、歴史的事実の違いです。歴史観は、人それぞれです。しかし歴史的事実はひとつです。時の経過で真実が分かりにくくなっているとしても、立場で大きく変わるものではありません。証人がいて、証拠もあることです。
事実の認定においては、立場や考え方を持ち出すものではなく、証人や証拠に謙虚に向き合うものです。そうして確認された事実であろうと思われることをつなぎ合わせて、その因果関係などを解釈する段に至ると、主観が当然のごとく入った歴史観となるわけです。
立場や主観が歴史的事実を変えるようなことはあるまじきことです。そんな態度が見受けられるようだと「歴史修正主義」と言われることになります。

もう一つは、「自虐史観」の「自」です。何を自分だと思うかです。普通は自分個人です。交通事故などで、相手の言い分どおり、みな自分が悪かった、自分が償えばいいのだろうとする態度をとるなら、それは自虐的と言えるでしょう。しかし、国のなしたことは自分のなしたことと、日本中の人が思うでしょうか?
日本中どころか、大多数の人はそう思っていないのです。民主主義が不完全だった、と言うか、民主主義ではなく、藩閥政治から独裁的な軍国主義に移行していったのです。国政への参加意識は薄く、事実、国の決定に異論をはさめば粛清された時代です。
そんな状態でしたから、終戦を喜び、戦後に期待を寄せた人が多かったのが実情です。つまり自分の国がしたことでも、決して国民が意気投合してやったことではなく、不承不承の戦争継続だったのです。
ですから、戦時中になしたことに対しては、歴史認識以前に、当時から、同じ日本人の間で批判はすでにあるのです。

そういう見方を、自虐的という言葉で批判しようとすることは極めて傲慢であり稚拙でもあります。日本人である以上は、みながあの戦争を肯定しなければいけないと思い込んでいること自体が、すでに強烈な思想の強要なのです。

戦前が良かったと思う人がいても構いません、実際良かった面もないわけではないでしょう。しかしそれが当り前の日本人の姿で、そうでない人は自虐史観の持ち主だとするのは、理性的な人に対する冒涜であり、理性的になり得ない人の思い上がり以外の何物でもないでしょう。

自由民主党が2014年の運動方針案に「自虐史観に陥ることなく日本の歴史と伝統文化に誇りを持てるよう、教科書の編集・検定・採択で必要措置を講ずる」と明記したそうですが、どうしたんでしょうねぇ、天下の公党が、頭が回らなくて、思い上がりばかりが強くなっちゃったんですかねぇ。あの人気者の小池都知事さんも似たようなものなんですよねぇ。ちょっと考え直したらいかがですか・・・

本日のメッセージは以上です。おまけの写真も用意できませんでした。<(_ _)>

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憲法違反は許せません、もう一度考えよう [日本考]

 もう10時になるので、あまり多くは書けませんが・・・
 最近 majyo さんが毎晩のように大事なことを書かれています。
 一昨昨日は、「自虐史観」について歴史を正視している者に対して、正視できない者が何を言うかというようなことを書かれていました。たいへんもっともなことで、このブログでも近々取り上げなければと思いました。
 昨日は、改憲NOの署名運動が始まったこと、日本がすでに憲法違反をしてアメリカとの同盟を深めているため、北朝鮮の核やミサイルの脅威にさらされていることを書かれていました。

 この問題は深刻です。周知のとおり、北朝鮮は、国の存亡を懸けて、核兵器とミサイル開発に邁進してきました。アメリカ本土への攻撃力がどの程度かは未知数ですが、日本に対するそれは、間違いなくとてつもなく大きなものです。アベ総理は「国民の暮らしと安全は政府が責任を持って守ります」みたいなことを言っていますが、ミサイルが飛び交う事態になったときに、守りようがないことは明らかです。Jアラートなるものを鳴らして警戒を促すようになりましたが、鳴らされたところで、2~3分で、なんの備えができるというのでしょうか? 頭を抱えて伏せていれば暮らしと安全は守られるのですか?

 今の米朝関係は、一触即発、しかも大爆発、の緊張関係がどんどん深まっているのです。始まれば、最も楽天的に考えれば、「アメリカの攻撃力が圧倒的で、短期間に北朝鮮の脅威を取り除くことができる」かもしれませんが、北が危険を察して先に攻撃を仕掛けてきたり、後攻でもミサイル発射の余力がある限り、原発を五十何基も抱え、高度な文明生活を営んでいる日本は、たいへんな被害を受けることは間違いありません。米朝のミサイルや空爆による戦争だけで終わればまだしも、隣接する中国やロシアがただ黙って見ているはずがありませんから、核兵器が使われるようなことにでもなれば、どんな世界大戦につながってしまうか、測り知れません。

 なんでこんな緊張状態に置かれなければならないのか?おかしなことです。日本の憲法は、その前文において「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」たのです。そして九条において「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」としたのです。

 日本政府は、この憲法を少しも守っていません。「戦争をしない、軍隊を持たない」ということと、他国の不測の侵攻に備えて防衛力を持つことは矛盾しないと考えて自衛隊を持つことになりました。どこの国も丸腰では領土・領民が守れませんから、これはよしとしましょう。侵略を受けたときの個別の自衛権は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」とは別物で、ありと認めることにしましょう。

 しかし、これがどんどん拡大解釈されて、日本の平和は「日米同盟」で守られていることになり、その同盟国が攻撃を受けたときには、これを守らないと日本の存亡に関わることになるとなり、つまりは集団的自衛権を行使することになってしまったのです。

 もともと自国が侵略されたときに自衛するのはやむを得ないことだとしたことが、同盟国が攻撃を受けたときには、その戦争に参加するとなったのです。こういうのを「国権の発動たる戦争」と言うんじゃありませんか?またその同盟国は軍事演習と称して「武力による威嚇」をしたり、実際に武力の行使もしたりしているのではありませんか?
 そこと一体となったことが、日本をこんな緊張下に置いてしまったことにほかなりません。まるきりの憲法無視、憲法に反する政治がこの事態を引き起こしているのです。

 憲法に従っていれば、武力による威嚇とは無縁なのです。正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するのです。米朝の間に入って、平和裏にことを収めようと、仲介の役が果たせるのです。東アジアの非核化に向けて、関係国を説得できるのです。

 憲法無視、憲法に従わない政治の非を、もう一度考え直し、マスコミを含めて大合唱し、歯止めの利かないおかしな政治は断固拒否、即刻政権の座から降りてもらいましょうよ。

 本日のメッセージは以上です。おまけの写真は今日はありません。<(_ _)>
 
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思いがけない一日 [たまには photo news]


昨日は珍しく自分のことで忙しい日でした。

朝のうちは、涼しくなったので、家の周りの片づけを少々しました。
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隣地にはみ出しているのです。
作業を始めると、こんな蝶がいました。
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アゲハ蝶とは少し違うようなので、写真をとりました。
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どうやら、タテハチョウ亜科のアカボシゴマダラという種類のようです。
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紐で一束、ポリ袋に二袋、退治しました。
さてどんな蝶の幼虫でしょうか、棲みかを奪ってしまいました。
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昨日は3日、午後1時にはいつものように駅前に出陣しました。この頃はビラを作って配ろうという意欲は起こりません。アベがダメなことは言わずもがなのような気がしているのです。ボードを掲げて黙って立っていればいいのではないか・・・
みなさまお集まりでした。
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思い思いの主張です
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私は定番
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ドビッチさんは「原発反対」です。

この後、予定外の忙しさとなりました、全部、嬉しいことなのですが。
まず、『友よ、戦争をしない世界を創ろう!』を出版してくれた「編集ラミ」の鰹さんが、電話で、ブドウが成ったので届けてくれるとのこと。そのときに携帯に電話が入っていたことに気づき、知らない番号にかけ直しました。
すると、なんと、約40年前に勉強を見たことのある、いわゆる教え子さんでした。アメリカでアメリカ人と結婚し、そちらで暮らしている女性で、数日実家で過ごし明日は帰国するとのこと。

会えるものなら是非会おうということになって、15分後に迎えに出ることになりました。うまいこと鰹さんがすぐ来てくれて、自家製の巨峰をいただき、アイスコーヒーを飲んでもらい、体調の話を交わし、事情を話し、お見送りをして、自転車で出迎えポイントに行きました。

いやー、40年もたっていますからお変わりにはなってますけど、スラッと、垢ぬけた佳いご婦人になってました。お顔は中学生のころに、お母様のお顔を足して2で割ったような・・・私と15歳違いということがわかり、ということは、50の中ば近くになっていました。
30分の予定が約1時間、話し込んでしまいました。鰹さんにいただいた巨峰を食へながら。話題は、「今の日本は、どうしたことか、戦前に戻ろうとしていて、怪しからん」と思うからこんなことをしているというこちらの事情説明が多くなってしまいました。海外から見た総理の話も聞きましたが、なるほどそう見えるかってことを言ってました。具体的に書けなくてごめんなさい。

この後、2時間仕事があったので、夜はダウン、ブログは書けませんでした。

お知らせを一点
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上半分をトリミングします。
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本日は以上です。ご訪問に感謝します。

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