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戦後の日本の保守政治 ③ [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

〈安倍晋三の登場と新綱領〉

 小選挙区比例代表並立制導入プラス小泉劇場以来自民党は党執行部が実権を握り、各議員党員の裁量権が著しく縮小した旨記しました。しかし、派閥という党内グループがなくなって、党執行部対党員個人との関係になったということではなく、党内グループは従来とほとんど変わらずあるものの、派閥の領袖が進んで党執行部の方針に従う、ないしは先取りするようになったということです。
 このため、党内の政治思想や政策の幅が極端に狭くなったように見受けられます。

 2005年に自民党は立党50年宣言を出しました。50年間掲げていた看板を書き替えました。綱領も掲げ直します。なぜ今まで手付けずにあがめていた看板を急に書き替えようという機運が起こったのかと考えてみますと、これに先立つ1993年に、どうやらその原因があったようです。
 1993年、政治改革を巡り自民党内に分裂がおこり、衆議院選挙で過半数を割り込み、首班指名で日本新党など非自民が推す細川護煕内閣が誕生しました。非自民政権は、自民党が社会党とさきがけを抱き込むことに成功し、わずか10ヶ月で倒れることになりますが、自民党は38年ぶりに下野し、その失地回復のため他党党首を担ぐという憂き目を見たわけです。

 この1993年に安倍氏は父晋太郎氏のあとを継いで代議士になっています。そして、「基本的に考えの違う」社会党党首村山富市氏に、首班指名で一票を投じるという苦汁をのんでいます。
 やがて自民党は復党する議員なども現れ、単独過半数を回復、1998年に単独政権に戻ります。

〈安倍氏の述懐〉

 このあたりの事情を安倍氏は自らの著書「美しい国へ」で次のように書いています。引用します。
【 自民党内にはっきりとした潮目ができたのは、政権に復帰して数ヶ月後のことである。
 結党以来初めて自民党の理念や綱領を見直す「党基本問題調査会」が開かれた。憲法をこのままにしておくのか、それとも改正する方向に踏み出すのか、議論の最大の焦点は、党是である「自主憲法の制定」をどうするかであった。
 だが二ヶ月の議論を経てとりまとめられた「自由民主党新宣言」の案には、自主憲法制定の文字はなかった。改憲色をできるだけ抑えたかったのだ。わたしはとうてい納得できなかった。なぜなら、それこそが自由民主党の存在意義のひとつといってよかったからだ。
 まだ1年生議員だったが、中川昭一議員を中心に、同じ意見をもつ仲間たちと大反対した。再度の議論がおこなわれ、修正が施されたものの、なんとかわたしたちの意見は反映されることになった。こうして新宣言にとりいれられたのが『21世紀に向けた新しい時代にふさわしい憲法のあり方について、国民と共に議論を進めていきます』という文言である。】(中川昭一氏は2009年に急逝している)
 と、ご本人が述懐しているとおり、若手数名の熱心な働き掛けで、この看板の塗り替え作業は行われたものと思われます。
 その結果できた新綱領を次に挙げます。

【 新綱領
   平成17年(2005年)11月22日

• 新しい憲法の制定を
 私たちは近い将来、自立した国民意識のもとで新しい憲法が制定されるよう、国民合意の形成に努めます。そのため、党内外の実質的論議が進展するよう努めます。

• 高い志をもった日本人を
 私たちは、国民一人ひとりが、人間としての普遍的規範を身につけ、社会の基本となる家族の絆を大切に、国を愛し地域を愛し、共に支え合うという強い自覚が共有できるよう努めます。そのために教育基本法を改正するとともに、教育に対して惜しみなく資源を配分し、日本人に生まれたことに誇りがもてる、国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育をめざします。

• 小さな政府を
 私たちは、国、地方を通じて行財政改革を政治の責任で徹底的に進め、簡省を旨とし、行政の肥大化を防ぎ、効率的な、透明性の高い、信頼される行政をめざします。また、国、地方の適切な責任分担のもとで、地方の特色を活かす地方分権を推進します。

• 持続可能な社会保障制度の確立を
 私たちは、思い切った少子化対策を進め、出生率の向上を図り、国民が安心できる、持続可能な社会保障制度を確立します。

• 世界一、安心・安全な社会を
 私たちは、近年の犯罪の急増やテロの危険性の高まりに対し、断固たる決意をもって闘うとともに、災害に強い国づくりを進めることにより、日本を世界一、安心・安全な社会にします。

• 食糧・エネルギーの安定的確保を
 私たちは、世界の急速な変化に対応するため、食糧とエネルギー資源を確保し、経済や国民生活の安定に努めます。特に、食糧の自給率の向上に努めるとともに、食の安全を確保します。

• 知と技で国際競争力の強化を
 私たちは、わが国の質の高い人的資源と技術力を基礎に、新しい産業の育成にも力を注ぎ、国際競争を勝ち抜くことのできる、活力と創造力あふれる経済の建設をめざします。
特に、日本の中小企業の活力を重視し、また、最先端技術の基礎的、独創的な研究開発を推進し、知と技によって支えられる科学技術立国をめざします。

• 循環型社会の構築を
 私たちは、自然も人も一体という思いから、地球規模の自然環境を大切にし、世界の中で最も進んだ持続可能な循環型社会の構築をめざします。

• 男女がともに支え合う社会を
 私たちは、女性があらゆる分野に積極的に参画し、男女がお互いの特性を認めつつ、責任を共有する「男女がともに支え合う社会」をめざします。

• 生きがいとうるおいのある生活を
 私たちは、ボランティア活動や身近なスポーツ・芸術の振興、高齢者や障害者の社会参加を促進し、生きがいとうるおいのある生活をめざします。そのため、NGO・NPO諸団体をはじめ、あらゆる団体との交流を深め、また、まじめに働く人たちの声を大切にします。】

 50年前の綱領と比べると、圧倒的に言葉が増えました。看板にたくさん書きました。トップに憲法改正を掲げました。改憲派の主張が明文化されました。以降「我が党は綱領にもありますとおり、自主憲法の制定を党是としておりますので・・・」と、党内外でその歩みを堂々と進めるための布石を、ここでしっかり打ちました。

 二番目の見出しは「高い志をもった日本人を」となっていますが、「教育基本法の改正」を宣言しています。これは平成18年(2006年)に第一次安倍内閣で成立させています。
 看板書き換えの目的は、上記2点で達成されていると思われますが、ものごとは、具体的な目標を一、二掲げると、他はどうなのかということになります。そこで、整合性のために他のこともいろいろと挙げることになります。あとは官僚の作文ぽくなります。
(教育基本法の改正でもそれが見られます。第二条を「教育の目標」とし、その三に【 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと】と載せました。おそらくこの後半部分をぜひ載せたいのです。そうなると、教育の目標という取りとめのないことを、箇条書きでもっともげに作文することになるのです。)

 いずれにしても、安倍晋三という人は、やらんとすることをまず文書化し、旗を立てて正々堂々と実行に移していく、そういうタイプの、なかなか侮れない、「法治主義」の(法を憲法と知らず、法律と勘違いしている人ですが)、虚弱かと思ったら実はしたたかな政治家です。
 
 こうして自民党は変貌していきます。

 本日はここまでとします。例によって拙い意見文にお付き合いいただきありがとうございました。文末の「正々堂々と」については、ちょっとレトリックでそうなってしまいました。次回改めて検証します。

 おまけの写真は、セキレイちゃんに2、3メートルまで接近できたのでそれを載せます。
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戦後の日本の保守政治 ② [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

〈小選挙区比例代表並立制の影響〉
 自民党は完全に変貌します。そのきっかけはWikipediaの解説にもありました選挙制度の改変です。当選者が複数いる中選挙区制から、当選者一人の小選挙区制に変わりました。これでは少数政党が国会に代表を送ることができなくなってしまうおそれがあるため、比例代表制も併せて導入されました。1994年のことです。

 この選挙制度の改変が国政にもたらした影響は、みなさまご存知のとおり、第二党の民主党が勢いを得、参議院の保革逆転により、国会のねじれ現象が生じました。さらに2009年には衆議院選挙でも308議席を得、政権交代を実現しました。
 しかしこの勢いにおごりがあったのでしょうか、党内の主導権争いが目立ち、評判はイマイチでした。さらに、沖縄基地を巡る鳩山発言や菅氏の消費税導入発言などもあり、参議院選挙では大きく後退、数年前と逆のねじれ国会となりました。
 さらに2011年には未曾有の大震災に見舞われ、東北地方太平洋岸を飲み込む大津波が襲来、これに東京電力福島原子力発電所の大事故が重なり、政権への信頼度が次第に薄れていきました。民主党にとって運の悪いできごとでした。
 そして、2012年12月の衆議院選挙では自民党が294議席(民主党はわずか57議席)を獲得、政権を奪還することになりました。

 小選挙区制導入により、明らかに選挙のたびの揺れが大きくなり、その結果、政権交代が行われたことは確かです。しかし選挙民の動向を見ると、これによって政権交代という政治風土が定着したかというと、実は、自民一辺倒に帰着した感があります。「自民党以外に、政治を任せられるところはない」という合言葉が生まれたかのようです。
 ちなみに、2014年12月の前回衆議院選挙の結果は下記のとおりです。(SUN FIRST さん調べ)
 得票率では
小選挙区 : 自民・公明 49.54、野党 50.46
比例代表 : 自民・公明 46.82、野党 53.18
 議席数では
小選挙区 : 自民・公明 78.64、野党 21.36
比例代表 : 自民・公明 52.22、野党 47.78
 小選挙区では圧倒的に、比例代表でもかなり、与党が有利に議席を獲得しました。小選挙区制導入前の、自民党一強に対し中小政党の乱立という時代に逆戻りした感があります。

 小選挙区制の下、一度浮気をしてみたけれど、やっぱり本妻の自民党さんがいいという、元の鞘に収まったという流れです。
 では一件落着かというと、全然そうではありません。

〈様変わりした自民党〉
 選挙制度の改変は国会の議席数に影響を及ぼしただけではありません。自民党をかつての自民党とは違うものに変えました。本妻のところに戻ってみたら、性格が昔と一変していたのです。そこを知らねばなりません。

 かつては、政治理念を異にする大物政治家の寄り合い所帯だったのですが、小選挙区比例代表並立制の導入により、党本部の力が強くなる下地ができました。一人区になりましたから、公認は一人です。比例代表では、名簿の上位に入れてもらわないと当選できません。
 制度が変わっても、最初のうちは派閥間のバランスが考慮・調整されたせいか、著しい変化は感じられませんでしたが、小泉劇場で激変しました。2005年8月の郵政選挙です。小泉総裁とイエスマンと言われた武部幹事長の強いリーダーシップで、総裁の政策に異議を唱える自民党員は公認を得られず、そればかりか、刺客と称される対抗馬を立てられる羽目にもなりました。
 郵政民営化がそれほど重要な政策とも思えませんでしたが、政治家特有の脂ぎった感じがなく、飄々として意志を貫く一風変わった小泉純一郎の風貌が人気を博し、郵政選挙は小泉自民党の圧勝に終わりました。

 この頃、小泉内閣の下で台頭してきたのが安倍晋三です。期を一にして、自民党は、立党宣言に当たる立党50年宣言を出します。

【 立党50年宣言
   平成17年(2005年)11月22日

 わが党は民主主義のもとに、平和と自由を愛する国民政党として立党以来、ここに50年の歳月を刻んだ。この50年間、我々は国民の負託に応え、情理を尽くして幾多の問題を克服し、国家の安全と経済的豊かさを実現すべく、つねに主導的役割を果たしてきた。

 この半世紀は、わが国が国際化の道を歩んできた時代でもある。
 また、冷戦が終焉し、世界が大きく変動した時代でもある。
 わが国は、いまや少子高齢化、国際テロリズムの激化への対応など多くの課題をかかえている。

 我々は先人が明治の改革、戦後の改革に大胆に取り組んできたように、新しい党の理念と綱領に基づき、構造改革、行財政改革、党改革などの諸改革を進めていかなければならない。

 我々はわが国の歴史と伝統と文化を尊び、その是をとって非を除き、道徳の高揚につとめ、国際社会の責任ある一員として積極的に活動する国家の実現を国民に約束する。

 右、宣言する。  】

【政治は国民のもの】で始まり、【文化的民主国家の諸制度を確立して、祖国再建の大業に邁進せんとするものである】で終わるあの謙虚で志に満ちた立党宣言は、かくのごとく変貌しました。すなわち【わが党は・・・つねに主導的役割を果たしてきた】で始まり【道徳の高揚につとめ、国際社会の責任ある一員として積極的に活動する国家の実現を国民に約束する。】
 50年でこんなに自民党は偉くなってしまいました。これだけ発想が、国民に対する態度が、変わってしまいました。このあたりから安倍晋三氏の影響が顕著になってきたのです。綱領も刷新されます。

 夜も深まってきましたので、今宵はこれまでとします。

 拙い意見文にお付き合いいただきありがとうございました。今日は添える写真もなくて、ほんとにどうもすいません!

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戦後の日本の保守政治 [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]


《戦後の日本の保守政治》

 こうした米国との関係の中で、日本の政治家はどのように日本を導いてきたのか、概観しておきます。

〈かつての自民党の政治〉

 戦後の日本の政治はその大半の期間を自民党が執り行ってきましたので、自民党について振り返っておきます。

 自民党はWikidediaには次のように載っています。(一部省略しています)
【 自由民主党は、1955年に日本民主党と自由党が合同して結成した日本の政党。自由主義を堅持する保守政党で・・・結党以来、政権与党の座にあり続け、1993年(平成5年)に自民党と共産党以外の政党による連立政権、2009~12(平成21~24)年の間は民主党を中心とする連立政権に政権の座を奪われたものの、その後は自民党と公明党の連立政権が続いている。】
 さらに【概要】として
【 1955年(昭和30年)に自由党と日本民主党の「保守合同」により結成された保守政党。太平洋戦争(大東亜戦争)前の二大政党・立憲政友会と立憲民政党、戦時中の翼賛政治の中核を担った会派である翼賛議員同盟と翼賛政治会と大日本政治会(以上3会派は日本進歩党の前身)及び翼賛政治に批判的な会派である同交会(日本自由党の前身)と護国同志会(日本協同党の前身)、また敗戦直後に結成された日本自由党と日本進歩党と日本協同党の流れを汲む。

 結党以来ほぼ全時代にわたって政権与党の座にあり、結党から60年間で野党にあった期間は4年ほどである。そのため、戦後日本を代表する政党であるといってよい。

 党の運営は、永らく執行部の権力が弱く、ベテラン政治家が「派閥」を形成してその派閥間での駆け引きで政治が行われることが常態化していた。これは、一つの選挙区に複数候補を立てる必要のある中選挙区制が採用されていたためである。同じ選挙区の同僚議員は、同じ政党でありながら当選を競い合うライバルであった。立候補者は党本部の応援を独占することができず、選挙区で個人の後援会を組織したり、さらには大物政治家の派閥に加わり、平時はその政局の駒となるのと引き換えに選挙においては派閥の援助を受けた。互いに有権者の歓心を買うため、金権政治の温床ともなった。 1990年代に政治改革の一環として選挙制度が小選挙区比例代表並立制となり、以降は党本部の統制力が強まっている。

 広報宣伝用として・・・(シンボルマークについては省略します)

 自民党は多数の政治家を輩出しており、90年代以降の政界再編で非自民勢力の大物政治家であっても、元をたどれば自民党出身者が多い。総理大臣では細川護熙・羽田孜・鳩山由紀夫、その他では小沢一郎・亀井静香・岡田克也などである。  】

 自民党は【執行部の権力が弱く、ベテラン政治家が「派閥」を形成してその派閥間での駆け引きで政治が行われることが常態化していた】。かつての自民党は、政治理念がかなり異なる人たちが政権を担当するために一つの寄り合い所帯を作っているという風情でした。自分たちの主義主張ばかりを激しく展開すると、分裂して少数政党になりかねないので、我慢して大同団結、派閥間で調整し、日の目が巡ってくるのを待っているというスタンスで政権を担当していました。

 彼らの政治的主張については、結党時の立党宣言と綱領を自民党のホームページより引用します。

【 立党宣言   昭和三十年十一月十五日

 政治は国民のもの、即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある。われらは、この使命と任務に鑑み、ここに民主政治の本義に立脚して、自由民主党を結成し、広く国民大衆とともにその責務を全うせんことを誓う。
 大戦終熄して既に十年、世界の大勢は著しく相貌を変じ、原子科学の発達と共に、全人類の歴史は日々新しい頁を書き加えつつある。今日の政治は、少なくとも十年後の世界を目標に描いて、創造の努力を払い、過去及び現在の制度機構の中から健全なるものを生かし、古き無用なるものを除き、社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。
 われら立党の政治理念は、第一に、ひたすら議会民主政治の大道を歩むにある。従ってわれらは、暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。第二に、個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に、権力による専制と階級主義に反対する。
 われらは、秩序の中に前進をもとめ、知性を磨き、進歩的諸政策を敢行し、文化的民主国家の諸制度を確立して、祖国再建の大業に邁進せんとするものである。
 右宣言する。  】と立党の精神はなかなか見事なものでした。リベラルの気風が溢れています。

 続いて綱領です。

【 綱領   昭和三十年十一月十五日

一、わが党は、民主主義の理念を基調として諸般の制度、機構を刷新改善し、文化的民主国家の完成を期する。

一、わが党は、平和と自由を希求する人類普遍の正義に立脚して、国際関係を是正し、調整し、自主独立の完成を期する。

一、わが党は、公共の福祉を規範とし、個人の創意と企業の自由を基底とする経済の総合計画を策定実施し、民生の安定と福祉国家の完成を期する。   】これまた、国政を担おうとする政治家の志が感じられる文言と言うことができるでしょう。

 この程度のシンプルなくくりで集まれる人材が第一党を形成し、60年に岸信介が結んだ日米安全保障条約の枠内で、アメリカの要請に耳を貸しながら、国政を営んできました。日本国憲法についても、その尊厳を認め、そこから明らかに逸脱することがないよう、外交交渉したり、国内への取り繕いをしたりして、一応独立国としての体面は保ってきました。
 ただ、アメリカからの要請についてはつまびらかにせず、その点を国民に情報開示して世論の動向を求めるということはしませんでした。
 外国の要請で大きく政治が動いていると、国益を損なうことは否めません。アメリカにとって改善してほしいことを要請するわけですから、少子高齢化で国力が衰えるから対策を講じたほうがよいとか、教育の質を高めて人的資源を豊かにしたほうがよいとかという要請は出るはずもありません。こういう国内的な問題がどうしても疎かになります。
 そういう欠点(致命的?)はありますが、しかし、他派閥に配慮し、野党やマスコミにも気を使いながら、慎重に政が行われてきたと言うことはできるでしょう。

 それが、【1990年代に政治改革の一環として選挙制度が小選挙区比例代表並立制となり、以降は党本部の統制力が強まって・・・】という変化を迎えます。自民党は完全に変貌します。

 次回は自民党の変貌ぶりを概括します。

 またまた拙い文字ばかりの意見文にお付き合いいただきありがとうございました。

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好天に恵まれたものの・・・ [たまには photo news]

 昨夜の本降りが一転して、今日はいいお天気でした。早朝には福島県沖でマグニチュード7.4の地震があり、地震の揺れや津波の警戒で奔走された方もたくさんいらっしゃるでしょう。お見舞い申し上げます。
 関東地方はそんなことは嘘のように穏やかないい日でした。
 午後、孫を連れて行田の水城公園に。紅いもみじは見当たらなかったのですが、イチョウの黄葉が見事でした。
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 沼で釣りを楽しむ人々。年配の男性がほとんどです。のどかな光景です。
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ペットのワンちゃんも仕合せそうに寝入っていました。その姿は撮り逃がしましたが・・・

 しかし、時事通信は
「22日に発生した福島県沖を震源とする地震で、東京電力福島第2原発3号機の使用済み核燃料プールでは冷却が一時停止。廃炉作業中の第1原発でも津波警報で放射能汚染水の処理作業の中断を余儀なくされた。第1原発の事故から5年以上が経過する中、建屋にたまる大量の高濃度汚染水の対策を含め、懸念をぬぐえない状況が浮き彫りとなった。」と伝えています。
 地震や津波がなくても、政府は自衛隊を「駆け付け警護」の名目で遠地に派遣するなど、国際紛争へのかかわりを強めています。
 幸・不幸は隣り合わせです。幸を粗末にしないよう、維持する努力の必要性を感じたのでした。

 ご訪問に感謝します。例の意見文は、今日は時間がないので次の機会と致します。

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戦後の日米関係 ③ [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

(加筆しましたので、一部重複しますが、〈お国柄の違い〉から載せます)

〈お国柄の違い〉
 それからお国柄も、大変違います。
 言うまでもないことですが、アメリカの歴史は、さかのぼっても15世紀末からです。広い大陸を原住民を追い払いながら、イギリスを中心とするヨーロッパの人たちが、生活域とその文化を広げていったのです。イギリス本国からの独立を宣言したのが1776年、それからまだ250年もたっていません。新天地を思うままに開拓して作った国です。社会が行き詰まれば、他に生活域を拡張すればいいと思いかねない建国の歴史です。

 一方、日本は海に閉ざされた、大陸から見れば狭い島国です。ここで、権威の象徴として天皇を仰ぎながら、二千年もの間、社会秩序を練りつつ、歴史を紡いできた国です。さらに、狩猟採集の時代の生活習慣さえ、身体のどこかが受け継いでいます。
 ヨーロッパ文明に触れて、その力と張り合うために外の世界に進出こそしましたが、長い歴史から見ると、それは例外的な出来事に過ぎません。

 また経済事情も大いに異なります。
 アメリカは国土が広く資源に恵まれています。農業など一次産業も、鉱工業も、サービス業も、どれも他国にくらべ劣る要素はないほどバランス好い産業構造をしています。自国だけでも立ち行く大国、つまりはお大臣の国です。
 一方、日本は地下資源に乏しく、食料自給率もカロリーベースで39%(金額ベースで70%)とバランスを欠いた産業構造の国です。原料や食料を海外に頼り、工業製品を輸出して成り立つ加工貿易国、いわば世界の職人です。戦乱の世に耐えられる財力も避難場所もありません。シェルターも用意していません。

 戦争以来癒着してしまった両国ですが、立場も歴史も経済事情も、ちょっと考えただけでもこれほど違うのです。軍事同盟を結んで行動を共にして、一体、どこにどんなメリットが、日本側にあるというのでしょうか?

〈「この道しかない」は本当なのか〉
 大統領が変われば、就任式を待たずに首相が馳せ参じ、両国の同盟関係の重要性とその宣伝に努めます。主要メディアも首相のこの行動を、お手柄のように報道しています。日米関係を最重視するという揺るぎなき外交方針をわが国は持っているかのようです。
 しかし、集団的自衛権の行使は憲法に違反するとの見解が一般的だったのではありませんか?強行採決したから、その点はもうクリアなのですか?反対する人が大勢いて、10万人(警察発表は3万人でしたか)もが国会に押し寄せたのではありませんか?米軍基地の移転問題も地元の人たちの大反対運動に遭っているのではありませんか?
 首相が高級ゴルフクラブを提げて一人で飛んで行って(「私は一人で行っていません、こういうのをプロパガンダって言うんです」と言うんでしょうね、あの人)その一の子分に成り下がって(「成り上がって」なのでしょうねぇ、あの人の感覚では)、それでわが国の、わが国民のメンツはどうなのですか?
 アメリカの一の子分で、まずは自衛隊員の、やがて一般国民の身の危険も捧げることでいいんですか?それしか道がないのですか?

 そもそも、次期大統領はヒラリー氏に落ち着くと見ていたのではありませんか?トランプ氏に決まったら即座にしっぽを振って仲良しを演出するのですか?どんな人物か出方を見て、その様子でこちらのかかわり方を決めるという、沈着冷静なというか、慎重な、普通の、国としての対応をしなくていいのですか?非常識の胡麻擦り外交と思われませんか、諸外国から。日本の存在価値は増しますか?
 スポーツで日本のナショナルチームができると、男子は「さむらいジャパン」女子は「なでしこジャパン」とよく呼びます。かつての武士道や大和撫子への憧れがあるのではありませんか。今の日本国の外交方針は、これに適っていますか?さむらい気がありますか?
 戦争に負けて、勝った国の一の子分となり、その国に尽くし、その国との一体感で世界に威信を示す。まさに虎の威を借るキツネです。その狙いは「虎の強さもいつかは揺らぐ。そのときはその地位に取って代わるチャンスだ」なんでしょうかね?しかし、それは無理ですよね、お国柄が違い過ぎます。世界の親分になるには無理があります。
 それとも、一の子分ならば親分を動かすことができるので、その地位を利用して世界の秩序を保ち、世界の平和に貢献することができるということなのでしょうか?
 しかし、それにしては変です。ブッシュ大統領の始めたイラク戦争に一番先に支持を表明したのは日本です。国連の舞台で、核兵器禁止条約交渉開始の決議案に反対したのも日本です。武器の製造や輸出の禁止をどんどん緩和しているのも日本です。決して平和に向かってリードしている様子は見られません。ただ、強いアメリカの指示や意向に従っているだけです。

 この生き方は、国のこの方針は、サムライ精神に適うどころか、弱くてずるくて情けない、卑怯な処し方ではありませんか?大和撫子も、清楚で奥ゆかしい生き方を旨とするのではないでしょうか。

〈他にも道はある〉
 戦争に負けた日本の生き方は他にはないのでしょうか?
 あると思います。間違いなくあります。そこを封印してはいけません。
 日本人は国を挙げての悲惨な戦争を体験し、正直、国の運営の仕方から、命懸けの戦闘、戦地での野蛮な行為、焼夷弾や機銃照射の雨、果ては原爆の破壊力まで、もうすっかり懲りたのです。そして、国民主権と基本的人権の尊重、平和主義を謳う憲法をいただくことにしたのです。
 この憲法に従って、外交問題を解決する手段としての戦争を認めず、自衛のための戦闘行為以外の武力行使を一切放棄する国の方針を貫けばよいのです。国境を尊重し、互いに侵略はしないという協定を各国と積極的に結んでいけば、それだけ安心して暮らせる地球になります。
 核兵器を打ち込まれたらどうするのか、抑止力としてアメリカの核の傘が必要だという意見もありましょう。しかし、そんなことを言い出したら、すべての国が核兵器を持たなければ安心して暮らせないことになります。すべての国が持ったら、それで安心できる地球になるのかと言えば、そんなことはありません。今度は、持つか持たないかではなく、保有量が問題になります。どれだけ保有したら安心できるか?馬鹿げています。どんどん地球が危険な星になっていくだけです。
 愚かなチキンレースは止めようと、どこかの国が言い出す必要があるのです。日本はその適任国です。唯一の原爆被爆国です。それから、国土が狭く、高度に密集した都会生活を送っている国でもあります。いくら核兵器を保有し貯蔵しても、核戦争に強い国にはなれません。
「愚かな戦争は止めましょう!」を国是に、つつましく平和な東洋の島国として、武力ではなく、行き届いた製品や技術で世界に貢献する国となりましょう。
 アメリカとは、あまりにも立場が違います。しかし、根拠が明瞭なだけに、理解し合えないことはないでしょう。半世紀も遅れてしまいましたが、そろそろ独自の道を歩み始める時期ではないでしょうか。

 本日は以上です。またまた拙い意見文にお付き合いいただきありがとうございました。

 20日朝、写真を一枚追加掲載します。珍しく霧発生、日本の前途?
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行ってきました丸木美術館 [たまには photo news]

 行ってきました、丸木美術館に。
 娘が森林公園で子守りするとのことで、今日のジイジの担当は送りと迎えのみ。西口でおろし、そこから20分ほど携帯ナビの指図に従い走りました。到着しました。
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 左に進み左側に駐車場がありました。
 その奥には痛恨の碑と・・・
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 駐車場から見て右側も美術館風のしゃれた建物でしたが、美術館は左側の建物でした。
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 入口の向こうは都幾川です。
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 右側の建物は原爆観音堂
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 入館しました。入館料 900円。「市内の方は800円です」「いえ、市外です」って言いそびれて800円で入っちゃいました。
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 朝霞から中学生が大勢来ていて、鑑賞したりメモをとったりしていました。写真に収めたかったのですが、そのときは館内撮影禁止とのことで、遠慮して撮りませんでした。あとで改めて尋ねたところ、作品ではなくて館内風景ならばOKとのことで撮りました。そのときは誰もいませんでした。
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 原爆の図は15部まであるそうです。14部展示してあり、第15部は長崎市原爆資料館所蔵だそうです。
 どの作品も優れた画家が原爆直後に見た状況の印象をデッサンと墨絵で現わしているので、グロテスクさはありませんが、人類の愚行・蛮行を、観る人に十分感じさせる作品群です。どれも大きな物ですが、あの人間破壊のすさまじさを表すには、あの大きさが必要だと、迷わず取り組まれたのでしょう。もうご覧になった方も多いのでしょうが、一見の価値は間違いなくあると感じました。人類の貴重な財産です。二度とあんな状況を地球上で具現してはいけません。
 各作品の下に図の説明が書かれていて、その言葉からも、悲惨さが心に沁み込みました。

 企画展は「今日の反核反戦展2016」でした。
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 これはアウシュビッツの図です。

 すぐ裏の都幾川からの眺めです。護岸工事が行われていました。
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 帰りに拙著『友よ、戦争をしない世界を創ろう!』を二冊、僭越ながら寄贈してきました。

 本日は以上です。拙い美術館レポートで失礼しました。ご訪問に感謝します。
 

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月命日が近づきました [時事問題]

 前の記事の「日・米の国柄の違い」で大事なことを書き忘れていました。両国の産業の違いです。
《アメリカは国土が広く資源に恵まれています。農業など一次産業も、鉱工業も、サービス業も、どれも国としては弱いところがなく、自国だけでも不自由なく立ち行く大国、つまりはお大臣の国です。
 一方、日本は地下資源に乏しく、食料自給率は金額ベースで70%、カロリーベースで39%とバランスを欠いた産業構造の国です。原料や食料を海外に頼り、工業製品を輸出して成り立つ加工貿易国、いわば世界の職人です。戦乱の世に耐えられる財力も隠れ家もありません。 》 以上追記します。


 さて、先月16日のブログに以下の文を書きました。再録します。
《 例の安保法制が国会で成立したこととされた月命日の19日が近付いてきました。このおかしな国の歩みにストップをかけるべく、私がしていることは、3日3日のスタンディングのみです。19日の国会前抗議集会にはなかなか行けません。
 そこで、19日に合わせてハガキが着くように、ジミントウにDMを送りつけようと思っています。先日お仲間のブログで下記のご意見を拝読しました。これをジミントウに投げてやろうと思います。
「 日本国憲法は、これを遵守しなければ
 ならない者を天皇や大臣、議員、公務員
 としました。要するに社会的に責任のあ
 る立場の人はこの法を守る義務がある、
 としました。特権には責任があるのです。
 ところが、特権階級のジミントウは、
 それがどうにも気に入らないらしく、「権
 利には義務が伴う」と、特別な権力も持
 たない国民にたくさんの義務を押しつけ
 ようとしています。それは高貴な生き方
 だと言えるでしょうか?
 国家の指導者と国民は主従関係ではあ
 りません。国民は主権者として議員に権
 利を委託しているだけです。でも、権利
 を行使する立場に立てば、誰でもどんな
 人でも、特権を持てるのですから同時に
 その重い責任を自覚せねばなりません。
 一国民 」

 こんなハガキが一通届いたところで痛くも痒くもないでしょうが、何千、何万、何十万と届いたら少しは自分たちの異常さに思いを致すのではないかと思うのです。いかがでしょうか? 》

 今月も16日になりました。そろそろしたためる時期です。今度はどんな文章を送りつけようか・・・?以下いずれもネットで拝見し、ジミン党員に読んでもらいたいと思った文章です。出典は敢えて記しません。民の声です。

《 2015年9月19日、あのような政治は政治じゃない。
あなた方は「政治家は国民の代表である前に、すべての国民の一番底辺に屈すべき、一番のサービス業でなくてはならない」ということを忘れている。
「政治家個人の、政党の為の利権者じゃない」ということを頭から考え直さなくては、この国はいつまでたっても良くならない。》

《 ①「(旧民主党政権の)子ども手当を防衛費にそっくり回せば軍事費の国際水準に近づく」
② 若者全員を対象にした自衛隊体験制度を提案。
③ 「靖国は祈りを捧げるところではない。後に続くと誓う場所だ」
 これが稲田防衛大臣の考えです
 その人を任命したのがアベ総理、今や助っ人していますね
 こんな人たちに未来ある子供を託すわけには絶対にいかない 》

《 戦争、まっぴら御免。
  原発、まっぴら御免。
  言論圧力、まっぴら御免。
  沖縄差別、まっぴら御免。
  アメリカ追随、まっぴら御免。

  左翼と呼ぶならそれも結構! 》

 などいかがでしょう? 本日取り急ぎ!
 おまけの一枚。いました、カタツムリ、体調1センチ? レンガの上に載せて撮りました。
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 ご訪問に感謝します。


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戦後の日米関係 ② [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

〈戦争に勝った国と負けた国〉

 しかし、日本とアメリカは立場が違います。アメリカは戦争に勝った強国として、その後も世界の秩序を保つ義務(というか宿命?)があります。
 日本は違います。大東亜共栄圏構想を持って世界に挑み、戦争に負けて無条件降伏をした国です。敗戦に至るまでに、各前線で壮絶な戦いを強いられ、反撃には若者を特攻隊として送り出し、沖縄では住民を悲惨な戦闘に巻き込み、日本各地が空襲にさらされ、挙げ句は広島と長崎に原爆を投下されました。

 戦闘行為だけではありません。情報が日本政府により管理され、特高警察により思想統制され、貴金属や装飾品の供出を命じられ、軍事工場に駆り出され、成年男子は赤紙一つで徴兵され、軍隊では上官から理不尽な仕打ちを受け、戦地では野蛮な行為をするはめになり・・・日本人がどれほど戦争により悲惨な目に遭ったか、当時の日本は軍事独裁国家だったのです。
 その日本が、勝ったアメリカと一緒になって世界中の出来事に関心を持ち、軍事力を行使する、そんな国の在り方を国民が望んでいるはずがありません。

 日本は、国を挙げての戦争に懲りたのです。国民の命や生活より戦争に勝つことが大事とする価値観に懲りたのです。原子爆弾の破壊力に懲りたのです。都市が空襲に遭うことに懲りたのです。他国で野蛮なことをすることに懲りたのです。それで日本は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」と憲法の前文に記し、第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】を次のように定めたのです。
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 誰が発案したのかしばしば問題になりますが、そんなことはこの際、大した問題ではありません。これに異論をはさまず、進んで納得して、国民が受け入れてきたという事実が大事です。
 そういう憲法を掲げる国なのです。戦争に勝って、その軍事力で以後の世界にも目を配ろうとする国とは根本的に違うのです。

〈お国柄の違い〉

 それからお国柄も、大変違います。
 言うまでもないことですが、アメリカの歴史は、さかのぼっても15世紀末からです。広い大陸を原住民を追い払いながら、イギリスを中心とするヨーロッパの人たちが、生活域とその文化を広げていったのです。イギリス本国からの独立を宣言したのが1776年、それからまだ250年もたっていません。新天地を思うままに開拓して作った国です。社会が行き詰まれば、他に生活域を拡張すればいいと思いかねない建国の歴史です。
 一方、日本は海に閉ざされた、大陸から見れば狭い島国です。ここで、権威の象徴として天皇を仰ぎながら、二千年もの間、社会秩序を練りつつ、歴史を紡いできた国です。さらに、狩猟採集の時代の生活習慣さえ、身体のどこかが受け継いでいます。
 ヨーロッパ文明に触れて、その力と張り合うために外の世界に進出こそしましたが、長い歴史から見ると、それは例外的な出来事に過ぎません。

 戦争を挟んで、立場も国柄もこれほど違う二つの国が、軍事同盟を結んで行動を共にして、一体、どこにどんなメリットがあるというのでしょう。

 本日はこれまでです。次の節では 〈「これしかない」は嘘、他にも道がある〉を書こうと思います。
 以下はおまけの写真です。空三題。
 昨日、関東は青空でした。
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 夕方の西の空です。
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 東の空には盆のような月が・・・
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 その後曇ってきて、今は降りだす寸前です。
 ご訪問に感謝します。

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戦後の日米関係 ① [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

 書きかけですが、取り敢えず更新します。

《戦後の日・米関係》

 日本政府に大きな影響力を持っているアメリカとの関係を概観しておきます。
〈戦争直後の関係〉

 戦争に完勝したアメリカは、まずは当然日本の武装解除の徹底を図ります。それから社会制度の改変を実施します。国を挙げて一丸となる全体主義に再び陥ることがなく、国民に解放感を与えるような政策として、様々な分野で民主化が計られます。
 占領し、自国の植民地にすればそのような政策の必要は必ずしもないわけですが、米・英は、日米開戦前の1941年夏に、大西洋憲章を結んでいます。ナチスドイツを駆逐した後の戦後の構想を両国代表が述べ合い、大西洋上で調印したもので、次の8項目からなります。
 その内容は要約すると以下になります。(Wikipedia による)
1. 合衆国と英国の領土拡大意図の否定
2. 領土変更における関係国の人民の意思の尊重
3. 政府形態を選択する人民の権利
4. 自由貿易の拡大
5. 経済協力の発展
6. 恐怖と欠乏からの自由の必要性(労働基準、経済的向上及び社会保障の確保)
7. 航海の自由の必要性
8. 一般的安全保障のための仕組みの必要性

 戦後処理はこの憲章の趣旨にそう必要があったわけです。

 アメリカとしては、領土にはできないものの、大きな代償を払って手に入れた戦利品ですから、その活用法については抜かりなく検討します。アメリカの戦後の世界戦略にどう役立てるか。
 気遣いなのは終戦直前に参戦したソ連の侵攻と日本の共産主義化です。占領した日本の領土を第三国と分割統治することにならないよう、また、共産主義の台頭により国内秩序が乱れ液状化してしまうことのないよう、できるだけ混乱を少なく収拾する必要があると判断します。
 そこで、天皇の絶対的権威の利用が検討され、実行に移されます。そしてそれは、戦争責任の回避と、地位の保全ないしは日本国の伝統維持を願う天皇側の意向とも合致し、両者の協力関係が阿吽の呼吸で成立、戦後の改革が大きな混乱もなく遂行されます。
 現人神であった天皇は人間宣言をし、元首の座から、政治力を持たない象徴という立場に変身します。

 ほどよく戦前の国体を残した枠組みで占領軍の統治は進み、日本軍の解体と米軍基地の建設が行われていきます。
 アメリカが日本の地に軍事基地を置きたい理由は、枢軸国との戦争に勝つ中で勢力を伸ばした社会主義体制のソ連と中国に対峙する前線基地として活用することと、日本の軍事的台頭を監視・事前に阻止することの二点にあると思われます。
 こんな思惑の中で、戦争で疲弊した日本国民の思いもあって、象徴天皇制、非武装平和主義、国民主権と基本的人権の尊重を謳う日本国憲法が作られます。そして、以後多くの日本人がこれを愛することとなります。(このあたりの事情は矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』に詳しく書かれています)

〈朝鮮戦争と東西の熱い戦い〉

 こうして先進的な憲法を持つ戦後日本が誕生しますが、国づくりをしたアメリカにとって憲法を尊重してばかりいられない事態がすぐに起こります。
 1950年に朝鮮半島で戦争が起きます。これは、終戦間際に参戦し朝鮮半島に進軍してきたソ連とアメリカとが北緯38度線を境に分割統治することになり、南に大韓民国が、北に朝鮮民主主義人民共和国ができます。北側が周到な軍事力を以って境界線を越え、大韓民国を圧倒、これを米英が国連軍を組織し応戦。日本に駐留する米軍も当然出動。南側が優勢になると中国軍が参戦、猛反撃に出ます。こうして1953年の休戦協定にたどり着きます。
 中国軍には台湾侵攻の動きもあり、アメリカは艦隊を派遣します。
 その後ベトナムでも類似の事態が起きます。東西が冷戦に至る前の熱戦の時代でした。
 朝鮮戦争が始まると、日本の防衛力・治安維持力が懸念され、警察予備隊、後の自衛隊が首相直属の機関として組織されます。

 日本の独立も急がれ、1951年、サンフランシスコ講和条約が、日米安全保障条約とセットで結ばれます。
 安保条約は日本の安全を保障してもらう意味合いが強調されますが、この条約により、米軍の駐留が際限なく続くことにもなります。

〈憲法に反する日米同盟〉

 自衛隊は国の存続が脅かされる事態に備える自衛のための組織で、条文こそないものの、憲法の想定する範囲内という解釈もできますが、日米同盟となると、国際紛争を解決する手段として戦争を認めず、軍隊も有しない国が他国と軍事同盟を結ぶことは、憲法に違反します。このため、アメリカとの関係は、憲法より上位に位置することとされます。
 こうして、憲法が国の最高法規という世界の常識を超えた中途半端な「独立国」が、サンフランシスコ講和条約以降営まれることになります。

〈日米同盟のフラストレーション〉

 日米同盟はアメリカの世界戦略上欠かせないものであると同時に、日本にとっても、その笠の下にあることが、ソ連(現在はロシア)や北朝鮮、中国の脅威に備える上で欠かせないものとして、最重要視されてきました。このため日本政府はアメリカに基地を提供し続けるにとどまらず、その要求はほぼ全面的に受け入れ、国民の反対が予想される事項では密約を交わし、国民に知らせることもなくその要求に応えてきました。

 アメリカにしてみると、自国の防波堤であると同時に、その庇護のもと、平和を享受し、象徴天皇を頂き、経済力はアメリカを脅かすまでに成長し、アメリカにない国民皆保険制度も持つ国になったのですから、日本との関係は心穏やかではありません。防波堤であると同時に、したたかなライバルでもあったのです。

 米軍基地を抱えた国民の人権問題、憲法が通用しない不条理、密約が横行する不透明な政治、少子高齢化が進行している社会問題など、日本社会が抱える悩みなどは目にも止めず、自国より好く見えるところだけを羨ましく思ってきた節がうかがえます。もっとも、日本の問題は日本側が主張すべきであって、アメリカに察してくれというものではありませんから言わなければ通じないのも当然のことです。
 資本主義社会の恩恵を受けているなら、防衛費を負担しろ、汗を流せ、血も流せということになります。
 こういう圧力が、日本政府にはかかりっぱなしなのでしょう。

〈戦争に勝った国と負けた国〉
 しかし、日本とアメリカは立場が違います。
(次回に続きます)
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戦争を待ち望む危険な心理 ④ [続・友よ、戦争をしない世界を創ろう!]

〈権力者の心理は?〉

「誰だって戦争はしたくないんです、平和がいいに決まっているんです」一見受け入れてしまいがちな言い分ですが、そうとも限りません。戦争したい心理もあるかもしれないということを考察してきました。主として一般国民の心理について。
 さらにここでは、為政者の心理を、少し考えてみます。

 民主主義の発展した社会にあっては、為政者は公共心や正義感、調整力、様々な知識や環境への配慮などを備えていることが求められますが、自然発生的には、権力の座に就く人は、権力欲のある人です。権力欲とは支配欲とほぼ重なります。
 そういう意欲の旺盛な人が、ある地域、ある部族の中で権力者、長(おさ)になります。別の長が率いる集団と接触するようになると、覇権を巡って争いが起きます。最初は個人の力で、やがては集団の力を結集して争われます。支配されるのは嫌なのです。支配地域を広げたいのです。
 こうして領主と領域ができます。やがて日常の交易の範囲を治める領国ができます。国を治める人は、その地位が侵されないことを、その体制が長く続くことを、領国が減らないことを願います。
 国民の平和と安全のための政よりも、その支配体制の存続、徹底、拡大に最大の関心があります。どの時代もほとんどみなそうです。
 戦争との関係で言えば、戦争を厭うようでは、そもそもその地位にないのです。好戦的な人たちの世界です。
 戦争は国の支配者=国家権力が起こすものです。そのため、日本国憲法は第9条で
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」と記し、そして「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としているのです。実によくできた憲法です。

 さて、今の日本の権力構造を見てみます。日本は、あの敗戦によって、一時期、完全に主権を奪われました。その後主権を回復したかのように見えますが、首都に大きな戦勝国の空域があり、沖縄などに巨大な戦勝国の軍事基地があります。法的関係はどうなっているかというと、治外法権の地位協定が結ばれています。また、日本の裁判所は、自国の憲法を、国の高度な政治判断、つまりこの戦勝国との取り決めの下に位置づけました。
 今の国家権力は、そうした状況下で成り立っています。つまり、米国の承認を得て成立している支配体制と言わざるを得ません。
 それでも国内の権力の座にある為政者は、主権の回復を願うよりも、自分たちの権力の座、また現体制の維持拡大のほうに関心を寄せています。国の地位などどうでもよく、自分たちの地位が大事なのです、与党政治家も官僚も。
 どうやらそういうもののようです、権力欲ある人の習性は。「誰だって戦争はしたくないんです、平和がいいに決まっているんです」どころではないのです。心は、この体制に承認を与えている宗主国のご機嫌をひたすら伺っているのです。(こんな政治家を自由選挙で選んではいけません、国民の意思と思われてしまいます)

 そんなわけで、権力の延命と拡大を図る為政者の意識は、宗主国の意向に向けられています。その宗主国は、どんな国かというと、思想や表現の自由の下、選挙で代表者を選ぶという民主主義と、資本家が利潤を求め、持てる資本を自由に活用する自由主義経済を旗印に掲げています。そして、それを普遍の原理として、他の体制をとる中国やロシアなどと対峙しつつ、自国の権威を頂点とする世界の秩序づくりを目指しています。その秩序を脅かす事態が起こりそうな場合は、地球上のどこへでも、軍隊を派遣する用意ができている国です。
 
 その宗主国アメリカの意向は、年次改革要望書で日本政府に伝えられ、日本の政治は概ねそれに副って行われてきました。
 年次改革要望書については、Wikipediaは次のように記しています。
《年次改革要望書は、日本国政府とアメリカ合衆国連邦政府が、両国の経済発展のために改善が必要と考える相手国の規制や制度の問題点についてまとめた文書で、毎年日米両政府間で交換されていた。正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(英語: The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)と呼ばれた。2009年(平成21年)に自民党から民主党へと政権交代した後、鳩山内閣時代に廃止されている。》
 廃止された後は、そのような伝達事項はなくなったのかというと、そうではありません。日米合同委員会という会議が開かれ、緊密に連絡を取り合っています。日米合同委員会についてのWikipediaの解説は次のとおりです。
《日米合同委員会(にちべいごうどういいんかい、英語: Japan-US Joint Committee)は、1960年に締結された日米地位協定をどう運用するかを協議する実務者会議である。

概要[編集]
日米地位協定上、正式な協議機関として日米合同委員会が設立されている。主に在日米軍関係のことを協議する機関で、政治家は参加せず省庁から選ばれた日本の官僚と在日米軍のトップがメンバーとして月2回、協議を行い、この組織で決定したことは憲法を超えることができる。

任務[編集]
協議は月2回秘密の会合として(ニュー山王ホテルで1回、外務省が設定した場所で1回)行われる。個々の施設・区域の提供を含め、実施項目は主として日米合同委員会合意で規定される。

組織[編集]
日本側代表は外務省北米局長、アメリカ側代表は在日米軍司令部副司令官からなり、日本側は代表代理として法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米参事官、財務省大臣官房審議官からなり、その下に10省庁の代表から25委員会が作られている。アメリカ側は代表代理として在日米大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米陸軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海兵隊基地司令部参謀長からなる。

出典[編集]
『日米合同委員会組織図』 - 外務省ホームページ 2016年9月23日
『在日米軍関連』 - 外務省ホームページ 2016年9月23日 》

 秘密の会合で憲法を超えることができてしまう、そんな重要な会議があったのです。これでもこの国は民主主義の国と言えるのでしょうか?ビックリ仰天です。

 日本とアメリカの関係は、ここまで具体的・事務的につながっているのですから、日本の為政者が「誰だって戦争はしたくないんです、平和がいいに決まっているんです」などと悠長なことを言うこと自体、実態から遊離した不適切な発言・国民を欺く虚言ということになります。

 まだ少し書き残した部分がありますが、時間の関係で今日はこの辺で。

 今日のおまけの写真は、ほんとにまったくお粗末です。日が短くなったことを撮りたかったのです。今日の5時20分、月は三日月でしたが、スマホカメラでは半月になっちゃいました。
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 ご訪問に感謝します。


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